115人が本棚に入れています
本棚に追加
8
それから数日ほどたったころだった。永田くんが栗原さんとつき合いはじめた。
うわさによると、どうやら栗原さんのほうから永田くんに告白をしたらしい。
栗原さんも永田くんのことが好きだったなんて。ふたりが両思いだったなんて、まったく気づかなかった。みんな、恋心を隠すのがじょうずなんだな。
栗原さんといっしょにいるときの永田くんは、わたしの知っている永田くんではなかった。いつも笑顔で、さわやかで、まっすぐ。スモーキークオーツの瞳は、にせものの宝石のように不自然にきらきらしていた。
まったく美しくない。かわいくもない。あんな永田くん、わたしは好きじゃない。栗原さんのとなりで笑っている永田くんなんて、わたしは。
あたりまえだけれど、永田くんはコンビニに来なくなった。わたしは一ヵ月くらい通ってみたけれど、コンビニの自動ドアから永田くんが現れることはもうない。
栗原さんとつき合えたんだ。それもそうか。自慰なんてしなくても、永田くんのガーネットはちゃんと栗原さんのなかに入れる。ムーンストーンもおたまじゃくしも、ティッシュなんて無機質なものじゃなく、栗原さんの子宮がやさしく包みこんでくれる。
来るはずのない永田くんを待っている自分がみじめになってきて、わたしもとうとうコンビニに行くのをやめた。火曜日にもまっすぐ帰宅してくるわたしをみて、お母さんが「お友だちはどうしたの?」と気遣わしげにたずねてくる。
「いなくなった」
そう答えると、うがいも手洗いもせずに階段を駆け上がった。
ほんとうに、いなくなった。永田くんは、いなくなってしまった。
部屋に入ったとたん、涙があふれてきた。なにものなのかわからない涙が、体の奥からせぐりあげてくる。
まぶたの裏に映ったのは、自慰をしているときの永田くんではなく、なぜかコンビニでわたしをみつけたときの笑顔の永田くんだった。
けっきょくわたしは、高校三年の春になっても、永田くんのことを忘れられなかった。
青春という、大人までもがこぞって夢中になる存在に、わたしはまったく興味が持てなかったわけだけれど、なんとなく、わたしの青春はすべて永田くんだったんだと思う。
うさんくさい文化祭も、お芝居みたいな修学旅行も、永田くんとのあの時間にはなにもかなわない。
永田くんといっしょにいるとき、わたしはわたしのままでいいんだと思った。ほんとうはだれの見本にもなれないわたしを、永田くんはいつもまるごと受けとめてくれていた。
最初のコメントを投稿しよう!