推し is 尊い

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推し is 尊い

『ジルコニア』は、癒しの力を持つ少女だ。  彼女を助けたエミリオの傷を癒すことで、聖女として王城に客員される。  しかし本物の聖女は他におり、彼女が現れることで、ジルコニアは聖女を偽った罪を問わる。  嘆き悲しんだジルコニアは敵国へ亡命し、『厄災の魔女』として、再びこの国に現れる。……滅ぼすために。  そんな彼女を討つ役が、エミリオだ。  わたしの最愛にして、最推しに殺されるなら本望……なわけないでしょう!?  ゲームしてても思ったけど、ジルコニアちゃん報われなさすぎじゃない!?  あんまりでしょう! 悲しみのオーケストラが会場を響かせるわ!!  騎士団のお手洗いにちょっと失礼させてもらって鏡見てるけど、鏡に映ったジルコニアちゃんが、はわはわ震えている。  待てええええーい!! こんなアグレッシブな思考回路しているジルコニアちゃん、解釈違いです!!!  チェンジで!!! 薄幸の美少女を搭載して!! もっと可憐な美少女連れてきて!!  胸中で暴れまわって、ぜいぜい呼吸を整える。  ほっぺたをつねってみたけど、雪のように白い肌が赤くなる以外に効果はなかった。  痛くて涙目になっちゃった。気休めにほっぺをさする。 「……どうしよう」  鈴を転がしたような声が、途方に暮れたようにこぼされる。  咄嗟の判断でエミリオの怪我を癒さなかったのは、我ながらよくやったと褒めたい。ぐっじょぶだ。  けれどもこのままでは、物語どおりに『ジルコニア』は破滅してしまう。  ……癒しの術さえ、使わなければ。  両手を見下ろし、ぎゅっと握る。  ――そうだ。使わなければいいんだ。  人前で癒しの術を使って、聖女として祀り上げられるからいけないんだ。  だったら術を使わずに、町娘Aとして潜伏すればいい。  最推しのエミリオと会えた上に、手まで繋げたのだから、これからの人生は、遠くで見守ってファンクラブにでも入れば充分だ。  ガチャが回せない分、物資として貢ごう。  そうだ、身を粉にして働こう!  推しのために!! 推しが実在する世界に乾杯!!! 「よしっ」  気合いを入れて、両手を締める。  そうと決まれば、早速寝食の確保と、お仕事を探さなきゃ!  意気揚々と手洗い場から顔を出し、エミリオさんを探して周囲を見回す。  ……うん。ジルちゃん、背ちっさ!! 本当にこの子16歳かな!?  それとも周りが高過ぎるだけかな!? 屈強な騎士団だもんね!! 「おっと? もしかしてエミリオが言ってた子って、きみのこと?」 「びゃッ」  突然頭上から声が聞こえて、うっかり変な声が出た。  ばくばくする心臓を服の上から押さえて、背後を振り仰ぐ。  こちらを見下ろしていたのは、白茶の髪色をした好青年だった。  ――こ、この顔、どこかで……!! 「ええっと、ジルコニアちゃん? 僕はアズ。よろしくな」  にっこにこー!! 爽やかな笑顔で握手を求められているけれど、このお兄さんが先ほどまで、にまにまと口許を緩めていたのを、わたしは見逃さなかった。  この人、わたしの反応を面白がってる……!  わたしの直感がそう囁いている!! 「……ジルコニアです。アズさん、口許ゆるっゆるですよ」 「ははっ、手厳しいな。名前、ジルって呼んでいい?」 「はあ」  わたしの半眼にも物怖じすることなく、アズさんはにこにこしている。  ぶんぶん振られる握手に身を委ねていると、足音も気配もなく、真後ろから声が聞こえてきた。  びゃあああああああッ。 「何をしているんだ」 「何って、ジルに挨拶。あはは! ほら、ジルがエミリオのこと怖いって」  親しげな笑みでわたしの目許を撫でたアズさんが、にまにまとエミリオさんを見遣る。  沈黙する空気はため息混じりで、何故だかわたしの方がびくびくしてしまった。 「アズ。悪ふざけのために君を呼んだわけではない」 「わかってるよー。かったいなぁ、エミリオは。な、ジルもそう思うだろ?」 「えっ、ええ!?」 「……アズ、ジルコニアを困らせるな」 「悪い悪い!」  軽快な笑みがわたしの手を離し、ぐしゃぐしゃと頭を掻き混ぜる。  こ、このフレンドリーさ! わたしたち、確か初対面のはずですよね!? 「ジルはちまちましてて、かわいいな!」 「かわッ」 「……君は女性に会う度、軽薄な言葉をかける。いつか刺されるぞ」 「そんなつもりじゃないんだけどな!? かわいいって思ってるのは、本心だぞ!!」  盛大なため息をついたエミリオさんに、慌てたアズさんが、「ほら!」とわたしの肩を両手で掴む。  エミリオさんと見詰め合う姿勢にあわあわするも、ふいと視線を逸らせた彼は、どこまでも素っ気なかった。 「……ジルコニアの保護についての話だ」 「お前こそ絶対刺されるからな」 「何の話だ」  エミリオさんの零下の眼差しにさらされているのはアズさんなのに、何故だろう、すごくわたしにダメージがはいってる……。心がいたい……。  わたしの頭を撫でたアズさんが、「場所を変えよう」とわたしの手を引いた。  ……察していただけただろうか?  本編中のジルコニアは、アズに恋心を抱く。  人里を離れた土地で生活していた彼女に、アズの親密なスキンシップは強過ぎたんだ。  もちろん、ジルコニアの思いは報われない。悲しいね!!  人通りの激しかったホールから、玄関を抜けて外へと踏み出す。  差し込む日差しの明るさと、広がる洗練された街並みに、わたしの喉は感嘆の声を上げた。 「すごい! 建物の背がみんな高い!!」 「ははっ。ジルはちっさいから、余計全部高く見えるんじゃないか?」 「アズさんの中で、わたし、こびと扱いになってませんか!?」 「おっと、違った?」 「ちがいます!!」  屈託なく笑うアズさんが、わたしの手を繋ぎなおして、広場を抜ける。  賑やかな街並みは人通りも激しく、目が回りそうだ。  アズさんとわたしの脚の長さは全然違うのに、息が苦しくならないのは、恐らく彼がわたしの歩幅に合わせているからだろう。  肩越しに振り返った彼が、にこやかにエミリオさんと会話する。  ふたりの顔を交互に見遣り、転ばないよう脚を動かした。 「……ここは?」  一本通りを変えるだけで、喧騒が遠退いた。  静かな街路を直進するアズさんが、肩越しにこちらを見下ろし、片目を閉じる。  エミリオさんも黙々と歩いており、どうやら目的地があるらしい。  石畳で舗装された道は、森育ちのわたしにとって新鮮だ。  アスファルトとも違う質感が、靴底に伝わる。 「着いたよ、ここだ!」  ぱっと振り返ったアズさんが、一軒のお店を手で示す。  はたはた、瞬きを繰り返して、そのお店を眺めた。  木枠の窓ガラスが見せるのは、どうやらごはんを食べるお店らしい。  食堂……と称すればいいだろうか?  社員食堂というよりは、もっとこじんまりとした、映画のセットに出てきそうな店構えだ。  アズさんが扉の取っ手を掴み、大きく広げる。  おなかの空くにおいとともに、蓄音機の音色と賑やかな話し声が耳に届いた。 「おお! アズ、エミリオ! 今日は遅かったな!」 「お勤めごくろーさん!」 「ははっ、ありがとな。さ、入って」  食堂の馴染みのお客さんなのだろう、親しげに話しかけてきたおじさんたちに、瞬きを繰り返す。  ……なんというか、今までそんなに他人と接してこなかったから、こんなやり取り新鮮だ……。  アズさんに背を押され、一歩お店へ踏み込む。  どよっ、空気が揺れた。 「アズ、お前! どっから浚ってきた!?」 「浚ってないよ!?」 「エミリオ! お前がついていながら、何で止めなかったんだ!!」 「待ってくれ、誤解だ」 「お嬢さん、大丈夫かい!? こんな人たらしに捕まっちまって……!」  白い割烹着を着たご婦人に抱き締められ、あはは、空笑う。視線を虚空にさ迷わせた。 「あはは……、それは言えてるかも……ですね」 「ひどい!!」  後ろでアズさんが叫んでる。  エミリオさんがご婦人の腕からわたしを救出し、慣れた仕草でひとつのテーブルに向かった。  やんやと騒いでいる周囲なんて我関せず、勝手にグラスに水を注いで、わたしの前に置いてくれる。  ええと……、肝が据わってるね? 「ちょっ、エミリオ助け……お前ほんと、そういうとこが悪い癖だからな!?」 「知らん。水は自分で注げ」 「僕、その段階までいけてない!!」  エミリオさんとアズさんの軽快なやりとりに、ふふっ、知らず笑みがこぼれる。  慌てて両手で口許を押さえた。ぱちり、エミリオさんと視線が絡む。はわわ……!! 「す、すみません! 笑ってしまって……」 「……いや、いい」  多分今、火が出るくらい顔が熱いと思う!  あわあわ俯いていると、テーブルにアズさんの手がのせられた。 「待って、アズくんは!? アズくんも仲間に入れて!!」 「やかましいぞ。寂しがりか」 「そうだけど!?」 「ふふっ」  ふたりの軽口が小気味よくて、また笑ってしまう。  こちらを向いたアズさんが、ぱっと表情を明るくさせた。  うれしそうににこにこ笑みを浮かべる。 「ジル、笑うともっとかわいいね」 「……アズさん、そういうことぽんぽん言うから、ああいう誤解されるんですよ」 「ジルまで!!」  わっ! 両手で顔を覆ったアズさんを置いて、エミリオさんがこちらへメニューを向けてくる。  革手袋に包まれた指が、「これがオススメだ」見慣れない料理名をさした。 「エミリオ! そういうとこ!!」 「いい加減座ったらどうだ。いつまで立ってる気だ?」 「ああもうッ! アネさん、水!!」 「自分で注ぎな」  なるほど、セルフサービス。  他のお客さんたちも、楽しそうに笑っている。  とぼとぼと水を汲みに行くアズさんへ、「残念だったな」とか、「振られちまったな」とか、口々に声をかけている。  へらりと笑うアズさんも軽口を返していて、不思議と胸の中がぽかぽかした。 「で、だ。ジル、ここで働いてみないか?」 「え?」  グラスを片手に戻ってきたアズさんが、椅子に座りながら開口一番にそう告げた。  はたはた瞬きを繰り返すわたしを、エミリオさんが一瞥する。 「……ジルコニアに労働はまだ早いだろう。別の方法を考えよう」 「なッ、わたし、これでも16です! 立派に働けます!!」 「16!?」  反論したわたしに、アズさんとエミリオさんが愕然とした顔を向けた。  いや、失礼がすぎない!? どんだけ幼女だと思われてたの!? 「……背丈が16じゃなくて?」 「背丈が16って、どういうことですか!? 年齢の話ですよ!」  アズさんが、親指と人差し指を立てて、何かを計る仕草をする。  誰がこびとだ!!! 「わたしだって、16歳の立派なレディです! 確かに住まいは田舎でしたけど、自活だってしてました! ちゃんと働けます!!」 「ははは! お嬢さん、その意気だよ」 「ッ!!」  快活な笑い声に話しかけられ、びくりと肩が跳ねる。  先ほどの割烹着姿のご婦人が、料理のお皿を両腕にのせてそこにいた。  パエリアのような、グラタンのようなお皿が、目の前に置かれる。  見れば、エミリオさんの前にも同じ料理が置かれていた。  小ぶりのハンバーグのようなものが4つのったお皿を前に、アズさんが身を乗り出す。 「アネさん、聞いてもらってもいいかな?」  あねさん……。  わたしの予測変換機能が、『姐さん』と打ち出した。  ついでに黒服のいかついメンズも。 「何かワケありかい?」 「ジル。この人はこの宿の女将、『アネ』さんだよ」 「『アネ』だよ。よろしくね」 「よ、よろしくお願いします……っ」  お名前でしたか! すみません、勘違いしました!!  アズさんが簡単に、わたしの住まいがないことを話す。  頷いたアネさんは、柔らかな笑みを浮かべて、わたしの頭を撫でた。 「大変な思いをしたね。うちは宿と食堂を経営してるんだよ。部屋は屋根裏になっちまうが、そこでいいなら住み込みな。ただし、しっかり働いてもらうからね」 「は、はい! お皿洗いも、お掃除も、なんでもします!!」 「はははっ! 頼もしいね!」  椅子から立ち上がって、勢いよく頭を下げる。  快活に笑ったアネさんは「ゆっくりしていきな」と残し、厨房へ戻って行った。  ほふ、胸を押さえて、込み上げてくる感情に口許が緩む。  急いで振り返り、ごはんを食べるふたりへ頭を下げた。 「アズさん、エミリオさん! ありがとうございます!」 「喜んでもらえて、なによりだ。ほら、冷めるよ。早く食べな」  照れたように微笑んだアズさんに促され、再度テーブルにつく。  スプーンですくった見慣れない料理は、ドリアのような味をさせたおいしいものだった。
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