76人が本棚に入れています
本棚に追加
/235ページ
2
都内某所。爽やかな白塗りの壁とメープル材のテーブルセット。大きく空いた掃き窓からは青空と新緑がそよいでいる。
そのテーブルセットの隣、リラックスしたようにソファーの背もたれによりかかり、一人の青年が一点を見つめていた。
「成瀬くん、いいねその表情」
カシャ、カシャ、と軽やかな音が響く。あらゆる角度から、まるで一秒たりとも逃しはしないという勢いで、カメラマンが彼の周りをせわしなく動いている。
ラベンダー色のセットアップスーツは女性的な印象だが、しかし、彼の精悍な印象までは奪わせない。その端正な顔に浮かぶ微笑はあどけないものから哀愁のこもったものまで、カメラの動きを先読みするように表情が移り変わる。
「本当、彼ってカメラの前だと人が変わるよね」
セットの後ろで、感嘆の息を洩らしたのは、折目正しいグレーのパンツスーツに眼鏡姿の女性だった。
カメラの向こうに佇む彼、成瀬眞人は、芸能事務所「ダイヤモンドプロダクション」に所属する俳優だ。映画からドラマ、CMとどこにも引っ張りだこの彼は、今、日本で最も忙しい俳優の一人である。
今日はそんな、今をときめく男の雑誌撮影の日。この四月から始まった月曜ドラマ「リーガルアソシエーション」のプロモーションも兼ねた特別インタビューのためだった。
「十代のころから見てるけど、この成長ぶりには何度見ても感動しちゃう」
「編集長のオキニっすもんね」
キャップ姿のいかにも現場スタッフという男性が、女性にコーヒーを差しだす。
「だって、あの演技力。カメラが向いた途端、別人になったみたいじゃない。何人もそういう人を見てきたけど、彼は仮面を張り付けるわけでもなく、その人生までをも塗り替えるように変化する」
「ちまたじゃ、憑依型俳優なんて言われてますからね」
「そう、普段は大型犬みたいでかわいらしいのに」
カシャ、カシャ、という小気味よい音が鳴り続けて、やがて、「オッケーです」という声が響いた。
最初のコメントを投稿しよう!