表と裏

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少女は目覚めた。 燃え盛る業火の渦中……その中に何故か少女はいた。 空気が薄くなり、呼吸に異常が感じられる。 「何が、どうなってるの……?」 周りを見渡せど、焔に包まれていて分からない。 「誰か……! 誰か助けて!?」 悲痛な叫びは煉獄の檻の中では届かない。 そしてそのまま虚空へと消え去る。 「熱い……怖いよ……お父さん……お母さん」 炎はジリジリと少女の周りを狭めていく。 目の前に瓦礫と化した家の支柱らしきものが倒れる。 驚いて後退りしようとしたが、火はすぐ後ろに迫っていた。 もはや、その場で蹲る事しか出来ない。 「わたし、死んじゃうの……?」 幼い子供ですら、自らの死地を悟ってしまうほど感覚は鋭敏になっていった。 もう助けは来ない。 声を上げることやここから自力で逃げるなどという余力は残ってもいなければ、最初から無かったとも言える。 「嫌だ……死にたくない……死にたくないよぉ……!」 ついに炎波は少女の元へ到達した。 「熱い!! 痛い!!!」 爪先から上へ上へと熱く燃えたぎる炎が這いずっていく。 「あっ! うぐっ! うぅ!?」 全身を焼却され始め、言葉にならない嗚咽を泣く。 この場所で唯一の水、『涙』。 だが、所詮その程度の水分量では焼け石に水。 たとえどんなに涙を流そうが、炎の巡るその身体では無慈悲に蒸発し気体へと変化するだろう。 「…………!!!!????」 ふむ、どうやら完全に声帯が死んだらしい。 苦しさが声にも出なくなり、体をのたうち回している。 そして完全に動きが停止した。 最初に映し出された少女は見る影もない。 今この瞬間に見えているのは、性別不詳、身元不明のただの死体だ。 これ以上の価値は無いと判断し、カメラの電源を切った。 さて……。 「サンプル提供に感謝する。奥さん、そして旦那さん」 「いえいえ! それよりも約束のものを頂けないでしょうか?」 ……醜いものだな。 「あぁ、もちろん。研究協力援助金の百億なら、ここにある」 足元に置いていたアタッシュケースを下衆な男女の方へ投げた。 「おぉ! これがあれば一生遊んで暮らせるぞ」 「えぇ! そうね!」 「実験は無事終了した。無論分かっているとは思うが、この事は他言することを禁ずる。いいな?」 返答を期待したが、目的の物が手に入り浮き足立っていてこちらの言葉が届いていないようだ。 本当に無能もいいとこだ。 「用が済んだのなら帰ったらどうだね? これからその金をどう使うか考えながら」 やっと我に返ったのか、こちらを向いた。 「は、はい! そうさせてもらいます」 夫婦はそそくさと部屋から退室した。 「……やれやれ」 カメラを起動した。 フェイクの映像ではなく、真実を映し出す。 先程焼かれたはずの少女は楽しそうに部屋の中で私の助手と戯れていた。 「……心底嬉しいんだろうなぁ」 あの少女は、いわゆる監禁虐待をされていた子供だった。 外の世界も知らず、人間の醜い悪意を受けてきたのだ。 だから、他人と触れ合う事が嬉しいのだろう。 この子だけではないが、他にも同じような事情を持った子供をうちで引き取り、養子として育てている。 こういった研究の被検体として引き渡す親を釣るために私はわざと情報をうっすらと世間に流している。 あぁ、もちろんこれは政府公認の保護法だから捕まったりはしないよ。 まぁ、子供を守るのは仕事の範疇だけど。 親の安否に関しては……黙認なんだよね。 何が言いたいかって言うと、さっき渡した百億のアタッシュケース。 あれ実は中身自動起爆式の爆弾なんだよね。 一回閉めたあとにスイッチを押して、もう一度開こうとすると『ドカーン!』ってわけ。 悪いけど、ああいうのはいつまでたっても治らないよ。 そう……死ぬまでね。 『プルルルルップルルルル』 「はい」 「あなたですか? 研究に必要な子供の被検体を渡せば金を渡してくれるって言うのは」 「えぇ、そうですよ」 「今から連れていくから、金を準備しといてくれ」 「分かりました」 『ガチャ』 深いため息を吐いてから、立ち上がった。 「あ〜あ、ほんとこの国……いや世界って腐ってるなぁ」 見せかけの白衣を正し、次のゴミを処分する準備をまた始めた。
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