女護の星

1/5
3人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
 その男は一言で言えば、古い男だった。勘助と言って名も古めかしかった。「古い奴だとお思いでしょうが、古い奴こそ新しいものを欲しがるもんでございます。何処に新しいものがございましょう。生まれた土地は荒れ放題、今の世の中、右も左も真っ暗闇じゃござんせんか。♪何から何まで真っ暗闇よ筋の通らぬことばかり右を向いても左を見ても馬鹿と阿呆の絡み合い何処に男の夢がある」と鶴田浩二のヒット曲「傷だらけの人生」を口ずさむ正に古い男なのだ。しかし、歌詞の通り新しい物を欲する勘助は、極楽浄土へ行くことを夢見ている。その勘助の心に描かれる極楽浄土では広大無辺な虚空や地上や地下の荘厳が微を極め、妙を極め、池が華池、建物が宝楼、宝閣、樹木が宝樹と言われ、皆、金銀珠玉、百千万の宝で厳飾され、それでいてこの上なく清浄の由で光明赫灼と輝き、人々が皆、無量寿であり無量光の為、完全なまでに道理に明るく、実りある価値ある付き合いをし、生病老死の根本的な四苦に加え愛別離苦(あいべつりく)怨憎会苦(おんぞうえく)求不得苦(ぐふとくく)五蘊盛苦(ごうんじょうく)の四苦もなく、序に言えば、蓮華の胎に胎児が宿るから女の生みの苦しみもなく、衣服や飯食が思うままに得られ、気候が寒からず暑からず湿度も程よく過ごすには快適さに於いて絶妙な塩梅になっており、動物も植物も仏の妙法、法音を唱えることが出来るから一切苦はなく楽だけがあり、暗闇なぞ有りようはずがなく勘助の求めるそれこそ新しい世界なのだ。「なんだかんだとお説教じみたことを申してまいりましたが、そういう私も日陰育ちのひねくれ者、お天道様に背中を向けて歩く馬鹿な人間でございます。♪真っ平御免と大手を振って歩きたいけど嫌だ嫌ですお天道様よ日陰育ちの泣きどころ明るすぎますおいらには」  その歌詞の通り勘助は昼間、肩身の狭い思いがして歩くのが億劫になる。徒でさえ日陰育ちでアウトローなのに女房に逃げられ、心が荒廃し切って絶望するのだった。  何も思い通りにならなかった人生、せめて死に場所位、自分の望みに沿って選ぼうと思って夜、頂上まで登ったなら孤高の境地に立った思いにさせてくれる山を目指して出かけ、人里離れた所までやって来た。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!