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80歳男性・無職の場合
またこれか。リモコンのボタンを押すと、やかましい音が消えて清々した。
「ちょっと、消さないでよ」
アイドルが見えないだの、時計が見えないだの。家族からのブーイングに耐えきれずに、もう一度リモコンに手を伸ばす。
「技術使用の申請は順調に伸びているようですね」
「はい。ただ、5分という短い時間でどれほど未来が変えられるのかという否定的な意見もあります。やはり」
食パンをかじる孫娘が、
「せめて2-3年後、まで見えなきゃイミないよね」
と言った。パンくずを制服のリボンにつけたまま家を出るといい笑いものになることは、最新技術がなくてもわかるが。
「アンタは進路を考えるのが面倒なだけでしょ」
息子は未来なんか見えなくても、働き者のいい嫁を手にした。料理が少し塩辛いのは、この際我慢だ。
「それに、将来は常に変わるからな」
息子が科学者になりたいから大学に行くと言ったときには猛反対したが、夢を叶えた今は一人残された親の面倒を見てくれている。最高じゃないか。
「でも、参考にはなるじゃない」
何になりたいか、何が向いているのか、いきなり言われたってわかりっこないわ。
「たくさん失敗すればいいじゃないか。そのうち見つかるだろう」
「父さんらしいな」
一代でいくつも事業を起こし、起こしては潰した。せめて最後に、何か残してやれれば良かったのに。こんなこと、5分ではどうにもならない。
「お義父さん、私、そろそろ出ますね」
掃除と洗濯か。今の私の生きがいである。
「今日はノー残業デーなので、私が1番早いと思います」
「ああ」
役所の窓口業務というのも、この5分法に随分振り回されているらしい。定時で帰るくらい、許してやってくれ。
「行ってきます」
「ああ」
「行ってらっしゃい」は、広いリビングで寂しく響いた。こんな老人の5分後など、誰が知りたいというんだ。
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