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28歳女性・主婦の場合
役所って、いつ行っても緊張するから、苦手だ。滅多なことがない限りお世話にならないのに、「滅多なこと」による緊張と独特の威圧感で、すごく気分が悪くなる。たとえ、人生のハレの日であっても。
「へえ、ほんとにこのチェックだけでいいんですか」
婚姻届に新しくできたひとつの欄を、夫は興味深そうに覗き込んだ。
「ええ。使い方も生活様式も人それぞれなので、チェックの切り替えはWebサイトでできるようになってるんですけどね」
まだ愛想良く応対してくれる人でよかった。ちょっとお化粧厚めだけど、いい人そう。えっと...鈴江さん、か。
「なんかまた気軽そうなサイトですね」
「一応、『書類で家族と認知されている人間同士というシステムだから』みたいですね」
不具合とか個人情報とか、どうするんだろう。この様子だと、「未来という不確かなものだから」と言われてしまいそうだ。
「浮気チェックのように利用される方もいますけど、証拠にはなりませんので、それらを考えた上でチェックしてくださいね」
隣で手続きをしていたカップルが、苦そうな顔をした。無理もない。得意げな顔をしているのは、眼鏡をあげたおばさんだけだ。
「幸せなムードに水を差すようですけど、実際に相談があったので」
「大変っすね」
そうだとしてもまだ言い方があっただろうに。発言者の隣に座っている鈴江さんが、ちょっと可哀想だ。
「まあ、面倒くさいんで、一応『使用しない』で」
説明を聞いてから決めようと相談していた最後の空欄に、チェックが入る。
「おめでとうございます。少々お待ちください」
2人になったところで、ようやく息を吐いた。同じタイミングに、笑ってしまう。
「やっぱり面倒って言った」
「手続きも簡単そうだし、今無理しなくてもな。もうすでに頭パンクしそう」
「まだまだこれからなのに?」
指を絡める。幸せって、今のような時のことかもしれない。
「すごいのはわかるんだけどさ、その前にもっと簡単にして便利にすべきとこがあんだろ」
「ちょっと、聞こえるとマズいって」
と言いつつも、疲労感ある公務員を見るところ、彼らも同意してくれるかもしれない。
「それに、ヘタすると人命にかかわっちゃうかもしんないじゃない」
わりと、マジメに。
「たった5分で?」
「駆けつけて。『あと5分しかないの』」
「アホらし」
ほんとに?
指をほどいたのは、鈴江さんが戻ってきたからだ。まだ、体温が残っている。
「改めて、おめでとうございます。こちらが、先程説明したサイトのURLと...」
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