【第107話】あやしい感染源/ガラの悪い始祖

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【第107話】あやしい感染源/ガラの悪い始祖

 駅前のドラッグストアで買い物を済ませた帰り道。  噂の建設現場の前を通りかかったけど、別にこれといった騒ぎにはなっていなかった。 「あっ、七木田さん。お買い物ですか?」  江戸川町駅の周辺には、なぜか専門学校がやたらと多い。  アクター系、映像系、アート系、料理系、果ては福祉や保育や医療系まで。  その前にはガードマンなんだか呼び込みなんだか、どっちがメインのお仕事かわからないオジサン職員さんが立っていることが多いので、つい顔見知りになってしまう。 「こんにちは。新校舎の基礎工事で出たやつ、もうどこかへ運ばれちゃったんですか?」 「歴史的価値がなかったみたいで、区の郷土資料課が持って行っちゃいました」  この専門学校の系列で、パティシエ系の新校舎を作る基礎工事で地面を掘ったらところ。  謎の石像みたいな物が出てきて、一時はわりと話題になってたんだけど。 「なんだったんですかね」 「崩れたお地蔵さんみたいでしたけど……まぁ、新校舎のオブジェには向かないって」 「ですよね。パティシエとお地蔵さんて」  パティシエかぁ。  あたしも今のクリニックに医療事務として就職してなかったら、パティシエに――。  ムリムリ、全然ムリだって。  だってあれ、めちゃくちゃ重労働なんでしょ?  週休3日で寮という名の2階に住み、昭和で感覚が止まっているタケル理事長に神楽坂とか麻布十番とかの料亭を連れ回され、もう危険な関係の姉弟じゃないかと疑われても否定できないぐらい毎日部屋に入り浸ってる薬剤師のハルジくんと一緒にゲームをして。  あたし用に60種類以上のメニューを作ってくれる、淡麗メガネ院長のテンゴ先生が彼氏という、誰に言っても「あり得ないから」と鼻で笑われる快適生活をしてるわけで。  今さら重労働はムリ、すいませんけど来世でがんばります。  そんなことを考えながら、いつもの駅前右折ルートでクリニックへ戻ろうとしていると。 「なに、あの人……」  十字路の角にある銀行の前に立って、ぼうっと江戸川町の駅前を眺めている男がいた。  なにが目を惹いたかといって。  前髪で片眼が隠れるほどのウェービーなビジュアルロック系のロングウルフヘア、華奢な体に季節はずれな黒い革ジャケットとパンツのフルセット姿で、ゴリゴリに付けられたシルバーアクセの数々。  常に見おろす感じの目線はダルそうに半眼で、表情が乏しいのはいいとしても。  このご時世に、くわえタバコで煙を吹かしていたのだ。  ここ江戸川町は駅前も含めて、もちろん路上喫煙は禁止。  すれ違うママチャリやおじさんたちも気づいているけど、誰も注意したがらない。  ここまで「ロックですから」的な雰囲気を全面に押し出されると、ヤンキーやヤクザとはまた違って、なにをされるやらわかったものじゃない。  けど、あたしは黙って見過ごせないな。  だってこいつ、輪郭が点滅してる――つまり、なにかの始祖(オリジン)だもん。 「ねぇ、ちょっと――」 「あ?」  うわぁ、振り向き方までハラが立つ。  片手をポケットに突っ込んだまま、必要以上にダルそうで。  肩の骨がズレてんじゃないかってぐらい、体が傾いてる。 「――ここ、路上喫煙禁止なんだけど」 「は? アンタ、なに言ってんの?」  アッタマくるなぁ、なんの始祖なんだろ。  点滅する光が、なんか妙にドス黒い感じに見えるんだよね。 「あんたこそ、なに言ってんの。都内で路上喫煙OKの区なんて、ないでしょ? どこの山奥から出てきたの」 「なに、山奥って。オレのこと煽ってんの?」  挑発しているのか、あたしにタバコの煙を吐きかけた挙げ句に路上へポイ捨て。  相変わらず前髪で隠れた片眼は半眼で、見下しながらも無表情だ。 「煽ってんのは、そっちでしょ。だいたい、なんの始祖なの。こんなガラの悪いあやかし」  顔にかかった煙を払っていると、わずかにその半眼が色を変えた。 「始祖? あやかし? なにそれ」 「あー、やっぱそうなんだ。あたしのこと知らないってことは、どっか遠くから」 「……アンタなに様? オレのなにが見えてんの?」 「だから――」  その様子に気づいたのか、四井銀行で案内係をしている金霊(かなだま)のクォーターさんがわざわざ仲裁するように外へ出て来てくれた。 「これはこれは、毘沙門天の七木田様。どうされましたか?」  男は始祖であたしのことを知らないと、この状況を一瞬で見抜いたのだろう。  だから、わざわざ「毘沙門天の」と付けてくれたのだ。 「毘沙門天……だと?」  それを聞いたガラの悪いロックな始祖は、明らかに顔色を変えた。  でも驚きや畏怖とは真逆の方向――つまり、激しい憎しみの色だった。 「お客様。遠方からおいでならご存じないかもしれませんが、この方は」 「あぁ? 知ってんよ。あのクソ四天王のひとりだろ?」  その憎悪の色も強さも、今まであたしが見たことのないものだった。  あのひょうたん小僧の福辺ですら、ここまで瞳が怒りで仄暗く揺れてはいなかった。 「あの、お客様。失礼ですが」 「おめぇも『お客様、お客様』うるせぇんだよ。あやかしの血を薄めたバカの子孫は、黙って人間相手に金勘定でもしてろ」 「お客様――」  こんなに口汚く罵られてもさすがは銀行の案内係。  金霊さんは顔色ひとつ変えずに対応しようとしていた。  それなのにロックなバカ始祖は、待ったなしに金霊さんの胸ぐらを掴んだ。 「うるせぇっ、つってんだろ!」  これにはさすがに、通行人たちも足を止め始めた時。  前髪をかき上げながらグレーのスーツ姿で現れたのは、夏蓮さんの旦那さん。  つまり江戸川警察署の生活安全課に所属している、柚口刑事だった。 「どうしました? 七木田さん」 「あぁ!? 今度は誰だ!」 「こういう者だけど。まず、その手を放しなさい」  警察手帳って、まだ日本では偉大だなぁ。  海外では警察バッヂを見せるだけじゃ、もう信用してもらえないらしいのに。  でも柚口刑事がマメにこのあたりを巡回してくれてて、ラッキーだったわ。 「チッ――公方(くぼう)の犬まで」 「ちょっとお話、聞かせてもらっていい? 免許証かなにか、身分を証明する物ある?」 「……いつからこの辺りは、毘沙門天の寺町になったんだよ」 「いいから、まずその手を放しなさい。それから、身分を証明する」  柚口刑事が言い終わる前に、バカロック始祖は金霊さんを突き放してツバを吐いた。  なんなのコイツ、マジでここまでタチの悪い始祖なんて見たことないんだけど。 「おい、そこの女――」  全然なんのダメージも受けないまま、今度はあたしを指さしてきた。  そして、今まで一度も考えたことのない名前を吐き捨てた。 「――広目天(こうもくてん)はどこだ」 「……は? あたし、毘沙門天なんだけど」 「そんなこたぁ、さっきから何度も聞いた! オレは広目天はどこかって、聞いて――」  今度はあたしの胸ぐらを掴もうと伸びたその腕を、柚口刑事が掴んで捻り上げる寸前。  こいつの腕はぼわんと煙のように消えて、すぐにまた実体化した。 「なッ――」 「柚口刑事……こいつ、マジでヤバい始祖かも」 「――始祖!? この男、あやかしだったんですか!?」 「どうしよう……八田さん、呼ぼうかな」 「いや、ちょっと駅前で緊急即応部隊(ESU)みたいに銃を構えられるのは」  だよね、たぶんマイキー()ダニー()兄弟は重武装にマシンガン姿で来るよね。  八田さんも片翼の堕天使みたいな姿になるって、このまえ知っちゃったしなぁ。  どうしたものか困っていると、ヤバい始祖は不敵にもまたタバコを取り出して火を付け、ぶわっと紫煙を燻らせてまた挑発してきた。 「ちょ、あんたねぇ……なんの始祖か知らないけど、今の時代のルールぐらい守り」 「毘沙門天を背負った人間の女に――」  人の話もロクに聞かず、タバコを挟んだままの指であたしを指さしたあと。  何もかもが気に入らない眼で、金霊さんと柚口刑事を指さした。 「――そっちは人間と血を薄めた馬鹿あやかしで、そっちはそれを知ってる人間、か」 「人の話を聞きなさいって。あんた今まで」 「なぁ、毘沙門天の姉ちゃん」 「誰が姉ちゃんよ。いいから、人の話を」 「あやかしの始祖は、どこへ消えた?」  波打つロングのウルフヘアをかき上げて姿を現したのは、灰色の冷めた瞳だった。  こいつ、本気でこの時代のことを知らないのだ。 「どこって……みんなそれぞれ、うまいこと人間社会に溶け込んでやってるか……人目に付かない山奥で、ひっそり暮らしてると思うけど」 「ひっそり? あやかしが、人目を避けてか。人間を恐れてか」 「他に、どうやってこの文明社会で生きて行けると思ってんの? 今後それとどう向き合っていくか、今の始祖はみんな考えて悩んでるんでしょうよ」  それを聞いてまた大きくタバコを吸い込み、今度はため息と共に吐き捨てた。 「そうか、そういうことか……なら、オレにも考えがある」 「なんか、ロクでもないこと考えてないでしょうね」 「疑心が暗鬼を生む」 「……は? あんた『疑心暗鬼』っていう、鬼の始祖なの?」  くくっと乾いた笑いを口元に浮かべて、ガラの悪い始祖が半眼のまま見おろしてきた。 「鬼だ? オレは、そんな生やさしいモンじゃねぇ」 「いい加減、素性ぐらい話す気にならないの? 行き場がないなら、相談にものるし」  あっ、こいつ黙って中指を立てた!  この時代のことをロクに知らないくせに、そういうことだけは知ってんの!? 「オレの心配してる余裕なんか、なくしてやるよ。クソ毘沙門天」 「なッ――人が心配してやってんのに」 「おまえ、いい加減にしろよ!」  あたしがキレる前に、柚口刑事が飛びついて取り押さえようとしたものの。  この正体不明のバカ始祖は、全身をぼわんと煙のように燻らして消え去ってしまった。  勢い体勢を崩しながらも転ばないあたり、さすがは柚口刑事だけど。  今まで見たことのない反社会的な雰囲気の始祖に、戸惑っているのは確かだった。 「七木田さん。あいつ、何のあやかしなんですか……」 「……あたし、そこまで見えないんですよね」  こういうことは警察に任せるのが一番なのだろうけど。  江戸川町であやかしが絡んだ以上、あたしが巻き込まれるのは時間の問題だと思った。
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