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墓前での誓い
一時間後、中也と辰雄は遠坂家の墓の前にいた。中也は、京都に行く前に一度、弥生子の墓に参りたいと考えていたのだ。それにしてもまさか、父が同じことを言い出すとは思わなかった。
「お前もここに来ようとしていたとは」
辰雄は、しみじみと言った。
「ここへ来るのは、今日で二度目なんだ。ずっと来たかったんだが、勇気が無くてね。去年あの人に会った時に、この場所を教えてもらった。彼とは、穏やかに話せたよ。もう僕のことを恨んでいないとも言ってくれた」
辰雄は康成のことを『あの人』と呼んだ。
「あの頃の僕は、恋と憧れを履き違えていたんだろう。若くしてタイトルを獲得したあの人は、眩しい存在だったから。でもそれは、大きな間違いだった……」
「白秋も、父さんのことを許しているよ」
辰雄が息を呑むのが分かった。
「もう何も気にしていない、父さんにもそう伝えてくれと言っていた」
「――そうか」
二人は、弥生子の墓の前で、静かに手を合わせた。中也は、心の中で彼女に語り掛けた。
『僕の父親のことで、辛い思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。二人の息子さんは立派にやっておられるので、安心してお眠りください。白秋は、四冠を獲得しました。秋江先生は、六段に昇段されました。今では三人のお子さんに恵まれて、お幸せそうです』
そして少し迷ってから、中也はこう続けた。
『――白秋を産んで下さって、ありがとうございます。まだ僕は、彼と対等な立場とは言えません。でも、いつか必ず、彼を幸せにします』
合掌を終えると、辰雄は微笑んだ。
「存分に話せたか?」
「うん」
その時、辰雄の携帯が鳴った。
「すまん、仕事の関係だ。先に出るが、お前はゆっくりしていけ」
辰雄が去った後も、中也はそのまま墓の前で佇んでいた。もう少しだけ、ここにいたかったのだ。
その時、不意に人影が現れた。中也は、目を見張った。
「露木先生」
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