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引退
『七大タイトルを持つ囲碁界のトップ棋士、遠坂白秋氏が、突然の引退を表明しました。遠坂氏は、現在二十八歳。直近の棋聖戦でも防衛に成功しており、今後の更なる活躍が期待されていたところ……』
引退の理由は、報じられていなかった。落ち着かず、中也はスマホを手に取った。ネット上では早くも、色々な噂が飛び交っている。ほとんどは無責任な憶測ばかりだったが、ある書き込みに、中也の目は留まった。
『七冠の引退は、父親の介護のためでは? 康成元二冠は、現在癌で闘病中らしいよ』
「父さん、知ってた?」
中也は、スマホの画面を辰雄に見せた。
「あの人が癌だって?」
辰雄は青ざめた。
「いや、知らなかった。四年前にお前たちのことで会いに行って以来、あの人とは一切連絡は取っていない」
「……」
――白秋が、康成先生の介護なんてするわけが無い。ましてや、そのために引退なんて……。
「今日はもう打ちかけ(勝負を一時中断すること)にするか? それどころじゃないだろう」
思い悩む中也の顔を見て、辰雄は言った。
「色々気になるのは分かるが、大会は明後日だ。集中して打てるようにするんだぞ?」
中也は、黙って頷いた。
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