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前夜祭
翌日の夜。中也は、プロアマ混合大会の前夜祭に出席するため、会場である都内のホテルを訪れた。
この大会は、文字通りプロ棋士とアマチュアの混合トーナメントだ。プロとアマが当たる場合、アマはハンデをもらえることになっている。中也は、今日の前夜祭に賭けていた。ここで、一回戦の組み合わせの抽選が行われるのだ。中也には、どうしても当たりたいプロがいた。
ホテルのエントランスで、中也は思いがけない人物と遭遇した。
「あら」
それは永原みすずだった。彼女は白秋を諦めた後、次々と色々な棋士にアタックしたものの、誰とも長続きしなかった。おまけに男性関係のトラブルが原因で、仕事も干されたと聞いている。
「記者はクビになったんじゃなかったんですか」
するとみすずは、目を吊り上げた。
「失礼ね。あいにくだけど、私はこの大会の聞き手なの。あなたこそ、得意になっているのも今だけよ。しょせん、アマがプロに勝てるわけないでしょ」
「勝負なんて、蓋を開けてみないと分からない」
中也はそう言い捨てて会場へ入った。とはいうものの、彼女の言葉があながち間違いでは無いのは、中也にも分かっている。ハンデをもらっていても、アマのメンバーは早々に敗退してしまうのが通例だからだ。
会場には、秋江夫妻の姿があった。夫妻はそろって、大会の解説者なのだ。中也は、早速挨拶をしに行った。
「秋江先生、ご無沙汰しています。晶子先生、昇段おめでとうございます」
晶子は、三段に昇段したのである。
「ありがとう。中也君、元気そうね」
「大城さん、よく頑張られましたね。出場おめでとうございます」
夫妻は、懐かしそうに顔を綻ばせた。中也は秋江に向かって、深々と頭を下げた。
「おかげさまで、ようやくこの場に来ることができました。全て先生のご指導の賜物です。ありがとうございました」
そして中也は、少し声を落とした。
「それで実は、康成先生のご病気の話を耳にしたのですが」
その瞬間、秋江の顔から笑みが消えた。
「少し、席を外しましょうか」
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