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誓い
翌日、会場入りした中也を見て、秋江はおやという顔をした。
「何で外から来るんですか?」
「何でって、何でですか?」
秋江の意図が分からず、中也はきょとんとした。すると秋江は、声を潜めた。
「だって、昨夜はここに泊まったんじゃないんですか」
言いながら、軽く上を指差す。
「父の家に泊まりましたよ」
「ええ? だって、部屋に行ったんでしょ?」
「白秋の部屋に行って、話はしましたよ。でもそれだけです」
秋江は、信じられないといった様子で天を仰いだ。
「もう……。どうしてそう、頑固なんですか」
「今日の対局にかかっているんです。その結果次第です」
中也は、昨夜の前夜祭での抽選の奇跡に感謝していた。今日の初戦で、願っていた相手と当たったのだ。
「分かりました。あなたがどうしてそこまで拘るのかは理解できませんが、それなら今日は、絶対に勝ちましょう。僕も、全力で応援しますよ」
「ありがとうございます。必ず勝ってみせます」
秋江の目を見つめて頷きながらも、中也は、彼に自分の気持ちは分からないだろうと思った。それは、秋江がプロだからだ。
白秋と付き合っていた時、中也は、無意識にアマチュアである自分を卑下していた。最後まで敬語が抜けなかったのは、きっとそのせいだ。確かに破局の直接の原因は、アマチュアを見下した白秋の発言だった。しかし、そんな自分にも非はあったはずだ、と中也は感じていた。
だからこそ、中也は強くなりたかったのだ。たとえアマチュアのままでも、棋力が遥かに及ばなくても、自信を付けて、気持ちの上で白秋と対等になりたかった。今回の大会に臨んだのは、そのためだ。
初戦の対局相手がやって来た。一瞬、視線が交差する。中也は、そっと胸を押さえた。胸ポケットには、あの鶴の扇子が納められている。
――この戦い、絶対に勝ってみせる。そして今度は、自分から白秋にプロポーズするのだ……。
そんな誓いを胸に、中也は彼の口元の黒子を見つめた。
<完>
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