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「こんにちはぁ! また来ちゃいました!」
数週間後、たぬきやの玄関に現れたのは、あの恵だった。
「恵様?」
藤色の着物を着た女将は、首をかしげている。
「あ、恵さん。お待ちしてました」
恵を出迎えたのは春人だ。
「春人さん? ご予約はいただいていないのだけど……」
「ああ、恵さんは宿泊客じゃないんです。うちの宿を取材してくれるっていうんで」
女将の顔色が変わった。佳乃はその様子を、ひやひやしながら見守る。
隠れた温泉宿「たぬきや旅館」を、恵の会社が発行している旅行雑誌に載せてくれるというのだ。春人は女将に内緒でOKしてしまったが、女将が反対するのは確実だ。
「で、たぬきが人間に化けるって話も、紹介してくれるんですよね?」
春人の言葉に恵が答える。
「それは無理です。うちはオカルト雑誌作ってるわけじゃないんですから」
「え、でも本当にたぬきが化けるんですよ」
「父もそんなことを言っていましたが、遠慮します。あくまでも一軒の温泉宿としてご紹介させていただきます」
「そんな……」
春人ががっかりした顔で厨房を見る。こちらの様子をうかがっていた新之助も顔をしかめている。
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