懐郷

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 私は医者になりたいのか、それともなりたくないのか。  誰に問われた訳でもありません。けれど、寮に入ってからというもの、ベッドに入ると毎晩のように同じ問いが頭の中を廻るのです。  それは、これまで考えたこともない議題でした。私の人生にはゆがみのない一本の線が引かれていて、その延長線上には医者という二つの文字が常に泰然と据えられていました。それが今になって、骨のないクラゲの足のようにぐにゃぐにゃと歪みだしたのです。  中学校の敷地内に建てられた寮の周辺は、消灯時間間際になると昼間の喧噪が嘘のように静かになって、窓から差し込むほのかな月明かりと、冷たいシーツの感触以外、気を紛らわせるようなものがありません。そんなとき、私は決まって音楽を聴くようにしていたのですが、今日に限ってそれは叶いませんでした。同室のトムと今日のことで話をしようにも、彼はさっき部屋を出たきり戻ってきません。  私はいよいよむなしくなって、寝返りを一つ打ちました。  彼と話がしたい。  頬に冷たいシーツの感触を感じながら、無性にそう思いました。  私の同輩であり、私の事を唯一親友と呼んでくれた彼、フラン・ジヴェルニーと。 *
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