第1章:殺人鬼と幽霊

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「奈雪、大丈夫―?」 「問題ない。玲緒はどうする?」 「僕もいくよ」 「そうか」  窓からふわりと下りてきた玲緒は、当然のようににこやかに頷く。彼のおかげで予定よりもスムーズに侵入できたし、ショートカットもできたから、正直居てくれると助かるかもしれない。幽霊と同居なんて面倒なことしかないだろうとどこかで思っていたが、思いもよらぬところで役に立つ。  玲緒を連れて、私は廊下を覗いた。人の気配はさほどしない。一階の方へ駆け降りていく使用人らしき姿は窺えるが、それ以外は特に見当たらない。確か、標的の部屋は二階の東側の最奥のはずだ。端末を起動して館内図を見ると、どうやら二部屋ほど先にある部屋が目的地らしい。これはまた、随分といいところに侵入したものだ。 「玲緒、ここから一気にいくよ」 「お、おっけー! 着いてく!」  扉を開き、物音を立てぬように小走りで廊下を抜ける。吹き抜けとなっている箇所から姿を視認されぬよう、廊下にある柱時計や装飾品の陰に隠れながら。 「……よし、ここだな」  両開きの茶色い扉が鎮座している。固く閉じられたそれは、内側から鍵がかかっているようだ。異変を察知した標的がかけたのだろう。  だが、こんな内鍵ひとつで身を守れると思うな。  ピッキングツールを取り出し、鍵穴にそっと差し込む。Violetが独自に開発したツールは、差し込んで捻るだけで簡単に鍵を外してくれる超優れものだ。ほどなくして小気味いい音が鳴り、鍵が容易くこちら側に寝返った。  懐の銃と、太腿のホルダーに差し込んだナイフを確認する。おそらく、中には標的以外にもいる。接近戦に違いない。  私はコンバットナイフを引き抜いた。そうして、扉を足で蹴飛ばした。  刹那、一人の男がこちらに突進してくる。眼前に迫る拳。ナイフを持ったまま腕をクロスし、その拳を受け止める。スラリとした長身の男が、冷えた目つきで私を見つめる。  そのまま腹に蹴りを入れてやった。鳩尾に入った感触があったが、男はすぐに立て直して闘牛のごとく猛突進してきた。振り上げた足を、彼の脳天めがけて振り下ろす。彼が私に掴みかかるよりも早く、石よりも硬い踵が男の脳髄を揺さぶった。 「ぐっ……」 「やめときな。無理に動いたところで何もできない」  うつ伏せに床に這いつくばった男の後頭部をぐりぐりと踏みつける。先程の踵落としが効いたのか、男は情けない呻き声を零してすぐに気絶した。  政治家の秘書かボディーガードだろう。そんな立場にある人間が、こうも簡単に撃破されていいのか。あまりに呆気ない結果に、思わず標的に同情さえした。 「き、貴様……!」  一部始終をただ茫然と見ていた中年男性が、悔しげな面持ちで後ずさりする。執務机の前にあった椅子は倒され、男の権威ごと崩落したように見えた。 「どーも、角田(つのだ)康介サン。さて、何か申し開きはあるか?」  ナイフをしまい、懐から愛用の銃を取り出す。流れるような手つきでセーフティを外し、此度の標的である政治家の角田康介に銃口を向けた。
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