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序章
数刻前に人を殺めた銃を、そっと懐にしまった。
冬の欠片が見え隠れする晩秋の頃だ。微かに、乾いた冬特有の香りが鼻を掠める。空は鈍色で、もう少し気温が低くなれば雪でも降ってきそうだった。
街を行く人々の格好も、徐々に厚みを増していき、やたらフワフワとした服を纏う奴等が増えてきたように思う。この季節の人々は比較的ゆったりとしていて、いずれ来たる忙しない冬に備えているようだった。
そんな中、のんびり屋の人々とは対照的に、私は慌ただしく引っ越しをしていた。準備ではなく、現在進行形である。貴重品と『仕事道具』だけが入ったショルダーバッグを提げ、速足で混凝土を蹴っていた。サングラスをかけているせいで視界は悪いし、変装用に深くかぶったキャップも相まって、私の見ている景色は随分と薄暗かった。念のため時間を確認すれば、午後四時を過ぎたところだった。
これならば、予定通りに引っ越し先へ着きそうだ。仕事用の携帯をポケットに突っ込んでさらに足を速めれば、地毛ではない漆黒の髪が木枯らしに揺れた。
二年住んだ小さなワンルームは、残念なことに警察にバレてしまったため、手放すしかなかった。なかなかに住み心地が良かったから、正直残念だ。
しかし、これは仕方のないことだ。居場所が誰かに特定されてしまえば、仕事にならない。今すぐにでも行方をくらます必要があり、名残惜しい気分に浸る間もなく私はあの部屋を飛び出してここにいる。
次の部屋も、最低限の生活ができて、それなりに住みやすければいいのだが。そう思った矢先に、目的地が見えてきた。
少し年季の入ったアパートの階段を上がっていく。カンカンと、虚しい音だけが響き渡った。三階建てのアパートの三階、そして一番奥の部屋。そこが私の新たな我が家だった。
アパートは随分と古そうに見えるわりには、部屋が三つもあるそうだ。なかなかの優良物件である。これならば、仕事道具も部屋に置くことが出来そうであるし、のびのびと生活できるだろう。
仕事道具を含む荷物は、既に部屋の中に運ばれている。おそらく、この扉をくぐれば大量の段ボールたちが私を迎えるはずだ。これから夜まで、引っ越し作業に追われることになると思うと、気が重い。
とはいえ、明日も仕事があるから、早めに作業を終えて明日に備えたい。面倒くさがっている暇はないぞと自分に鞭を打ち、ポケットから鍵を取り出した。
鍵穴に小さな鍵を差し込んで捻れば、カチャリと小気味いい音が鳴る。ノブだけは綺麗に磨かれていて、あのお人好しの大家が手入れしてくれたのかと想像して思わず笑みが零れた。
そのノブを捻り、扉を開く。今日から世話になる部屋の中へと足を踏み入れた。
靴を脱ぎすて、一番奥の部屋に入ってみれば、案の定段ボールの山がそこにはできていた。
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