序章

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 やはり、これを目にすると面倒な作業を実感して嫌になる。溜息を吐いて、仕方なくそこにしゃがみこんで段ボールを開けた。  そこには、愛用しているいくつかの拳銃とナイフ。それから、弾薬が詰まった箱と応急手当の道具が詰め込まれている。他にも、『仕事』に使う便利な小道具の数々が眠っていた。  ひとまず、仕事道具から片付けよう。一番大切なものだから、放置して万が一のことがあっては困る。  そう思い、私が気合を入れた時だった。  ――カタン。  草木が揺れるような些細な物音が耳を掠めた。仕事柄、耳のいい私がその音を聞き逃すはずはなかった。  寒いからと羽織っていた厚手のジャケットの裏に手を忍ばせる。そこにある冷たく固い感触を確かめながら、意識を集中させる。  気配はしない。おそらく、まだ距離がある。  五感の全てを働かせて何者かの気配を探るが、明確なものは感じ取れない。玄関の方だろうか。それとも、ただ物が落ちただけ?  いや、何かがいるのは間違いない。だが、距離があるならこちらの勝ちだ。先手を打って仕留めればいい。  私は懐からそれを取り出して勢いよく振り返った。  私は、二秒後に後悔することとなる。どんな時でも油断するなと、常日頃から肝に銘じているくせに。  いつものように黙って仕留めればいいものの、予想外のものがそこにあって思い切り叫んでしまった。 「きゃああああっ⁉」 「うわああああっ⁉」  二人分の絶叫が重なる。私の目の前には、人の顔。あまりの距離の近さに驚いた私は、瞬時に床を蹴って後ろに飛ぶ。私が叫んだことに対して驚いたであろう目の前の男は、同じようにして後ずさった。  私は銃を構え、男に照準を合わせる。 「だ、誰だお前! 敵か⁉ ぶっ殺すぞ!」  歴戦の私が認識できなかった相手が目の前にいる。先程のこともあり気が動転していた私は、早口で捲し立てながら男に歩み寄る。 「ちょ、ちょっと待って! いきなり殺そうとしないで!」 「うるさい! ……なぜ、人の家にいるんだ」  できる限り平静を装うために低い声で告げれば、男が青ざめた顔で銃口を見つめた。 「だから待って~! なんでこんなか弱い女の子が銃なんか持ってるの⁉」  状況が全く理解できていない様子の男は、両手をあげたまま慌てふためいている。逆にその様子が私を冷静にさせていく。私は男を観察しながら、仕事の時のように目つきを鋭くさせる。  私と同世代くらいの男。色素の薄い茶髪に青い瞳。人など殺せなさそうなおっとりとした顔と、男にしては華奢な体つき。どう見ても同業者ではないが、人は見かけによらないからこの場で判断を下すのは些か早計だ。 「さっさと誰の差し金か吐け。さもなければ殺す」 「さ、差し金もなにも、僕は元からここに居たんだけどなぁ……」 「なるほど、言い残すことはそれだけか」 「ま、待って! いくらなんでも突然すぎるって!」 「私の前に姿を現した時点で分かっていたことだろう? 死とはいうものは、誰に対しても突然おとずれるものだ。諦めろ」と銃をさらに近付ける。 「や、でも、僕にそれ意味ない――」 「往生際が悪いな。潔く死を覚悟しろ」  そう告げてやれば、男は壁を背にずるずると座り込む。情けないその様子を冷酷に見下ろしたまま、私は引き金に指をかけた。  手練れの私の部屋に忍び込んでおいて、随分と間抜けなヤツだ。もしかして、新人だったのだろうか。これが初任務だったりして。捨て駒としてここに遣わされたのなら、なんとも哀れな男だ。  まぁ、どちらにせよ私には関係ない。仲間もいないようだし、ここで殺してしまえばそれで終わりだ。 「情報がなければ用済みだ。死ね」  ちょうど真ん中で髪が分けられているお蔭で、額が綺麗にこちらを向いている。そこ目掛けて銃を構え、躊躇なく引き金を引いた。
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