第1章:殺人鬼と幽霊

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「な、何もあるわけがないだろう! 貴様、このようなことをしてタダで済むと思っているの!?」 「ずいぶんと陳腐な台詞を吐くんだな。それが最期の言葉でいいのか?」  淡々と告げれば、白髪混じりの男はぐっと押し黙る。彼は隙あらば逃げようとしているようだが、この状況では不可能だ。私の背後では、開け放った扉をそっと閉めて平然と鍵をかける玲緒がいるのだから。勝手に扉が動いていることにも気が付かないほど角田は私に気を取られているらしい。私としても、こちらを見ていてくれた方が助かる。  胸糞悪い人間が散る様を、この目でよく見られるのだから。 「お前は不当に政治資金を有用し、さらには未成年者に性行為を強要したそうだな。他にもいろいろと罪を重ねているようだが、私の口から紡ぐのは御免だな。言うだけで吐き気がする」 「なっ……! そのようなことはデタラメだ! 私をよく思わない連中が作り上げた根も葉もない噂にすぎんだろ!?」 「どうだか。真偽は知らんが、証拠もあるそうでな。少し調べればお前の悪事はいくらでも暴かれると思うぞ」 「……っ」 「本当にデタラメならば、誠意をもってその旨を伝えてもらおうか。政治資金を何に利用していたか、お前の出先や関わった人物とかの情報を吐いてくれれば、こちらもお前の無実を認められるのだがな」  依頼を遂行するのが殺し屋の役目だから、標的の死は既に確定しているのだが、せめてもの情けだ。基本的に遺言や弁解は聞いてやる。  だが、こうして私が時間を与えているにも関わらず、目の前の眼鏡をかけた悪徳政治家は、ただ逃げることしか頭にないようだった。 「う、うるさい! いいから私を解放しろ! 警察を呼ぶぞ!」 「……ふーん」  政治家ならば、もう少し賢く立ち回れるものだと思っていたのにな。残念だ、と私は角田の右足に容赦なく銃弾を撃ちこんだ。 「ぐあああああっ!」 「痛いだろう? すぐには死なせない。さぁ、口が動くうちに罪を認めたらどうだ?」  また一歩、角田のほうへと歩み寄って見下ろす。足を押さえて蹲る角田はなんとも哀れで、思わず嘲笑が零れ落ちそうだった。  そう、そうやって苦しめばいい。私とて善人ではないし、数えきれないほどの罪を犯してきた人間だ。そうでありながら、私は悪事に手を染める奴が嫌いだった。なんとも矛盾した心に反吐が出るが、金も地位もあって恵まれておきながら、人々のために動かない連中が憎たらしいし、ましてや富を利用して弱者を従える強者はもっと嫌いだ。 「わ、わかった! お前が思うように解釈すればいい! だから助けてくれ!」  角田は涙目で訴える。ドクドクと血液が溢れる足から目を背けて、半狂乱になりながら「助けてくれ」と繰り返す。
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