第1章:殺人鬼と幽霊

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「……そこまでしてまで罪を認めないんだな」 「私は何もしていない! 金目当てに釣られた奴が悪いんだ! 金欲しさに寄ってきてもてなしてやれば、訴えるだ!? 理不尽にもほどがあるだろう! だからなぁ、私は逃げようとした女を――」  パァンッ。  乾いた銃声が、二度ほど響き渡った。手にはビリビリとした反動が痛みとなって伝導する。銃口からは青い硝煙が揺らめき、煙のにおいを部屋に溶かしこんでいった。  角田の額と左胸部には、銃弾が撃ち込まれた。床に放射状に飛び散った血液の上に、角田の体は力を失って倒れていく。零れた赤ワインのようにじわりと広がる血だまりは、明らかに彼が絶命したことを物語っていた。  即死だろう。  死の苦しみを味わう暇もなく、この男の意識は無へと帰したのだ。本来ならば精神を壊すような苦痛を与えてやりたいところだが、この男はもう救いようがなさすぎた。今すぐにでも葬って、消し去ってやりたかった。  あぁ、私は気が短くて嫌になる。  銃のセーフティをかけなおし、踵を返せば、背を向けた玲緒がビクリと肩を揺らした。 「お、終わった……?」 「なんだ、アンタは見てなかったの?」 「撃つって分かったから、咄嗟に後ろ向いちゃって……」 「まぁ、その方がいいよ。思い切り頭と胸に穴開いてるからね」  平然と言ってのければ、玲緒は「うげ……」と引きつった声を漏らした。死体を見ないようにしている玲緒をよそに、私はインカムにそっと触れる。 「こちらWhite。標的は死亡した」  インカムを起動して報告すれば、Violetではなくボスが応答した。 『ご苦労。ヘマはしていないな?』 「はい。何か持ち帰るものはありますか?」 『ないな。その豚は役に立たん。そのまま捨て置け。Violetが監視の類は全て無効化しているから、政治家は謎の死を遂げたとでも報道されるだろう。あぁ、でもお前は何人かに目撃されているようだな』 「不可抗力です。そうでなければ侵入は不可能でした。変装は完璧ですのでご安心を」 『そうだな。政治家がただの小柄な女に殺されたと報道されるのが楽しみだな』  ボスは喉の奥でくつくつと笑うと、そのまま通信を遮断する。有名な政治家を手にかけたというのに、大して思うことはないようだ。こちとら監視を欺いたり、できる限り人目につかないようにしたりと、隠密行動を心掛けたのに。どうにもあのボスは苦手だ。いや、苦手というよりもはや憎しみの感情の方が近い。それでも私はあの人には逆らないのだから、仕方なく今日も淡々と任務をこなしている。 「玲緒、帰るよ」 「……あの人、放っておくの?」 「持ち帰れっていうの?」 「い、いや! 違うよ! ……うん、なんでもない」  窓を開けて裏庭へと飛び降りる私に着いてきた玲緒は、歯切れ悪くそう言った。 「まぁ、人が殺されるところなんて初めて見ただろうし、アンタの反応は納得だよ」 「……そう、かな」 「なんかあった?」 「ううん、別に……。あのさ、標的の人以外は殺さなかったんだね」  早々に敷地内から逃げ出し、路地裏にて変装を解く。赤髪は目立つが、今は黒髪の少女でいる方がリスクが高い。ジャケットも脱いで、できる限り政治家を殺した少女から遠ざかるようにする。Whiteから奈雪になってから、私はその問いに答えた。 「他の奴等まで殺してたら弾とかもったいないしね」 「でも、ナイフとかでも奈雪なら殺せたよね?」 「まぁ、そうだけど。余計なことはしたくないし、面倒」 「奈雪って意外と優しい……?」 「そう思えるのって、一種の才能だね。そうじゃない。人殺してる時点で優しいも何もないから」  標的以外の人間を気絶で済ませたことを優しいと思うだなんて、玲緒はお人好しなのか、単なる馬鹿なのか。やはり感覚が一般的な人間とはズレている。  私は優しい人間じゃない。優しさなんて、生まれてこの方理解したことなどない。人を殺さなかっただけで優しいと定義されてしまうならば、この世の中は優しい人間で溢れてしまう。どう考えても、それだけは間違いだろう。  この世界に、本当に優しい人間など存在しないのだから。  脳裏に浮かんだ顔も名前も知らない両親が、私を背後から嘲笑したような気がした。
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