マイ・フェアリー・レディ③

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マイ・フェアリー・レディ③

 元気いっぱいに話しかけてきたのは、多分五十歳くらいと思われるおじさんだ。お父さんと同じくらい背が高くて横幅もあって、がっちり引き締まった体格をしている。鳶色というのか、落ち着いた焦げ茶の髪に頬ひげと口ひげ。でっかい上におひげが濃いので、一見ちょっと怖そうに見えるのだが、どんぐりみたいにまん丸な若草色の瞳が人懐っこい印象だった。顔全体というか、身体全体で『会えてうれしい』って雰囲気を醸し出してるのも好感が持てる。  そんなクマさんをほうふつとさせる、お父さん曰くオリヴィンさん。着ているのはりっくんたちによく似た、襟の高い礼装のようなものだ。色は濃い臙脂で、あちこちに金色のモールで縁取りがしてある。一番目についたのは、肩当から垂れたふさふさの飾りだ。えーっと、なんて言うんだっけ……  《房飾りはエポレット、肩章とも言うわね。あの礼装はこちらの近衛軍のものだから、家格やお歳からして将軍クラスの方だと思うわ》  (そうそう、そういう名前だった! みっちゃんにも教えてもらったっけ、懐かしいなー)  《あら、あちらでのお友達ね? ずいぶん詳しい子だこと。……ああほら、もうすぐお鉢が回って来てよ?》  お鉢が回るって、本当は面倒だったり嫌だったりすることを言うはずなんだけど。わたしが緊張してるのを気遣ってくれてるんだなぁ、とよく分かる声で言われたのと、お父さんがこっちに向き直ったのがほぼ同時だった。傍らのオリヴィンさんを示して、  「イブマリー、紹介しておこう。こちらはベルナルド・フォン・オリヴィン卿。グローアライヒ南部を守る伯爵家当主にして、近衛師団を率いる将軍のお一人だよ」  「は、はい。お初にお目にかかります」  「初めまして、お会いできて光栄です。いやあ、お元気になられたようで何より! そしてお母上に瓜二つでいらっしゃるな!!」  「お、恐れ入ります……」  相変わらずにこにこして朗らかに言ってくれるおじさんである。やっぱり将軍クラスだったか、そんで伯爵さんでもある、と。ついでにうちのベルンシュタインと同じく、オリヴィンも宝石の名前だったはずだ。ええと、別名は確か……  「他国ではペリドット、とも申しますな。八月の守護石ともされておる。  うちの領内は温暖で過ごしやすいが、ヴァイスブルクのような商業に長けた都市もありません。ほぼ唯一の取り柄であるオリーブのおかげで、この名を賜ったようなものでして」  「何を仰る。南の辺境領といえば、国内屈指の穀倉地帯でしょう。あまりご謙遜が過ぎては、奥方と御子息に叱られますよ」  「いやあ面目ない! ご令嬢にお会いできて、年甲斐もなく舞い上がっておるようですな! どうぞ王都の邸にもお立ち寄りを、あれらも喜びましょう!」  「は、はい! ご厚情感謝いたします」  《――うん、よく出来ました。ちゃんと覚えてたのね、偉いわ》  これ映画で見た!! 普通にありがとうございます、って言うと、社交会話では『うん、考えとくね』みたいな気のないお返事になるヤツだ!! ――って必死で判断してお辞儀したわたしを全力でほめたい。現にアンリエットがそう言ってくれたし、お父さんもオリヴィンさんもにっこにこだし。……いや、単に一生懸命で微笑ましいだけなのかもしれないけど……
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