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開戦前夜 「シアは……死んだよ」.
■ モーダルシフター
モーダルシフト(modal shift)とは、貨物や人の輸送手段の転換を図ること。具体的には、自動車や航空機による輸送を鉄道や船舶による輸送で代替すること。当然のことながら、鉄道や船舶から自動車、航空機に代替することもモーダルシフトと呼ぶが、ここでは前者について述べる。
(Wikipediaより引用)
フランクマン帝国の場合、個人間で運命をやり取りする事をいう。
その外見をひと言でいえば、唸る魔法瓶だ。シンプル・イズ・ベスト。装置が優秀であるほど、構造は簡略化される。ドクター・トランジットが発明した運命転嫁機は、永久機関を内蔵した携帯冷蔵庫だ。
原理はその中身にある。
ヒーラー細胞と言うものがある。二十世紀に子宮頸がんで死亡した黒人女性の細胞が、ヒトパピローマウイルスに感染し、無限増殖するようになった。それに操作を施し、彼女の大脳へと分化させたのが運命コアだ。
「彼女」は自分を宇宙一不幸だと信じ込まされている。
「ああ、あたしはなんて不運なの? 神様、助けて」「よろしい、汝を助くる我を信じよ」
彼女の切なる願いが物理学でいう「強い人間原理」に働きかけ、さまざまなチートを呼び起こす。
異世界への接触という難題には二つのアプローチがあった。強力な粒子加速器を用いて宇宙の摂理に風穴を開ける方法と、スピリチュアルな追及。後者の方がより安価で安全だった。
首都レムス郊外、血の池を見下ろす奇岩の最高峰。原色の花がセンスよく植えられた新居に総統閣下がじきじきにお目見えしたのだ。ご近所は祭り騒ぎになった。
「天才科学者の面目躍如だね。よもや君がチートで納期を五十年も縮めるとは」 狼男は両手を打ち鳴らす。
「最初のコアが産みの苦しみでね。いったんチートが芽生えたら、自身を芋づる式に成長させるんだよ。永久にだ」
ドクターは毒々しく泡立つ蠍酒を片手に、すっかりできあがっている。
「それでは、いずれ壺の中の彼女は完成した自分に満足してしまうだろう?」
「そこが工夫のしどころでね! 妻の『世界を記述する力』を使って、コアは常に不満を抱えるよう改良した。女の悩みは尽きないからな」
スコーリアのほっそりとした熱い半裸が押し付けられるのに応えて、トランジットは鼻息を荒げる。
狼男は心底、彼を憐れんだ。新妻の能力(ちから)が、異世界の扉が閉まる前に賞味期限が切れることを伝えてない。
「ここまでは順調だよ、メディア。君たちの軍上層部が、連絡船に絡みついた世界線を先読みした通りにな!」
総統が舐めるような視線を柱に投げた。そこには極小のビキニを着けた中央作戦局長が、鎖から逃れようとうめいている。
「君もそうとう粘着質だね。私に二年間まとわりつくだけでなく、閣下にも触手をのばしていたとは」 ドクターがあきれ果てる。
「だから、わたしはストーカーなんかじゃなく、世界のために…」 メディアは蚊が鳴くようにすすり泣く。
トランジットは恥じ入る女に恍惚していたが、やがて、飽きたのか眼下の養魚池に興味を移した。
泡立ちが、沈んでいる物体の輪郭を形づくっている。
「おっと、オーランティアカ級の一丁上がりだ。さっそく、仕事をしてもらおう」 スイッチが入ったように窓辺から離れる。
ドクターが慣れた手つきでコンソールを叩くと、金銀銅のきらびやかな光線が水底から、ぬめったライブシップを二隻吊り上げ、虚空へ投げ放つ。
「あの世界線がどこへ通じているか、君はよぉくわかってるね?」 ドクターがにやにや笑っている。
「ひどいわっ! 罪のない女の子たちに」
あの時、彗星の上空で、自分自身と壮絶な死闘を繰り広げたオーランティアカ姉妹の心中を慮って、メディアは泣き声を一オクターブ上げた。
「さて、シップブレイカーの汚名を晴らしてあげた礼に、もうひと働きしてもらおうかね」
トランジットは、彼女の鎖を解いた。フランクマン帝国の指導者は、ドクターのもう一人の妻に呼びかけた。
黒いイブニングドレスにラメ入りのストッキングを履いたハウは、銀色のコサージュにエナメル靴で華やかさを演出している。
「ねえ、君。私の家内にもスポークスマンに相応しい衣装を頼むよ」
「誰があなたの妻ですって?!」 それに、誰に対して、何を発表しろというのだ?
一方的な狼男の態度に、メディアは憤った。男は、女の目を読んで、冷やかに答えた。
「シアは……死んだよ」
■ 調教
要員連絡船USSペイストリーパレス改め、ライブシップ・ブーケ=ペイストリーパレス
「おばさん! ぜんぜんイケてないよ」
ブルマがぎりぎり隠れる超ミニに、ぶかぶかのルーズソックスを履いたメイドサーバントが、内またで静々と靴音を鳴らす。
これで九度目のダメ出しだ。年頃のお嬢様らしく、極端に短い丈を考慮した立ち振る舞いのどこに問題があるのだろう?
「だーめ! もっと、こう元気に。コギャルなんだからぁ、わかる?」
アストラルグレイス・オーランティアカは、彼女を改造した軍が勝手に名づけたコードネームで、本名は三島玲奈(みしまれいな)という。
彼女が最初のライブシップであるゆえに、彼女が過ごした二十世紀末日本のスタイルが艦たちの伝統となるのは仕方ないとはいえ、もう少し何とかならないか、とブーケは反感をおぼえた。
「格調高い由緒ある服装は尊重したいけど、おばさん、疲れちゃったわ」 額に玉の汗を浮かべた若い女が、エルフ耳からきらりと汗の雫をたらす。
「まーた足を閉じて座る。こうよ、履いてるから恥ずかしくないもん!」 玲奈はどっかりと地面に腰をおろす。
調教される側とする側の掛け合いに、アバスはほっこりと癒された。徹夜の折衝で疲労困憊だ。彗星王国議会は、女王の突然の「崩御」を深く悲しむ暇もなく、全面戦争の準備に追われた。
■ 戦争前夜
フランクマン・ロムルスのシア・フレイアスター妃が、かねてより不仲だったキャセイ女王を暗殺し、王国の乗っ取りを企てたが、総統の機転で未遂に終わった。そう、発表された。
人類圏と帝国は合同調査の結果、彗星に中央諸世界の秘密基地を発見した。奴隷制に不満を抱いたライブシップと、理解ある戦闘純文学者が結託し、反乱を準備していた。
これに対し、国連安保理は満場一致で武力制裁を採択、空爆を敢行したという。大本営発表が超光速で駆け巡った。
「聞きたまえ! 地球の諸君! 逆賊シアは超弩級の巨悪を為したのだ。君たちを愛してくれたキャセイ女王が、何をしたというのだ? 中央諸世界に、鉄槌あれ!」
狼男の涙ながらの熱弁に、両国民は取り乱し、ハンカチをぬぐい、拳を掲げた。銀河に散らばる星という星から、ライブシップが捕えられ、抗バクテリアによる屠殺が開始された。
■ 中央諸世界
建設頓挫したコロニーの肋材に紛れて、ライブシップ達が身を寄せ合っていた。カルバリーとその部下、迫害を逃れた艦たち、理解ある雇い主から暇を貰った者たち、わずかな自由奴隷。
中央諸世界政府は、人類との協定をことごとく破棄し、あまつさえ、特権者よばわりされた事に憤激し、人類殲滅の旗を掲げた。
干し柿を吊るした農家の庭先。
「ほぅら、木星のばい菌から生まれた怪獣は、やっぱり怪獣だったのよ」
お気に入りのセーラー服とライブシップのぬいぐるみを取り上げられ、泣きじゃくるおかっぱ娘を、ふくよかな母親がワイドショーで仕入れた知識で諭していた。
■ 煉獄
永劫に続く闇夜の下。
ちろちろと、濃緑の炎が大地を這っている。肉体を失った夫婦が、火球となってじゃれ合い、再会を喜んでいる。
「ひどいのよ! あなた、アイツったら、いきなり、バーンって」 紅色の輝きが、つんっと紫に輝く相方に衝突する。
「消失(ロスト)しなかっただけ、幸運だ。それより、娘たちを見なかったかい?」 ぶつかられた方は、大きく左右に振れた。
火球の夫婦はくるくると舞いながら、上空に漂う魂の群れに加わった。
ふよふよと、くすんだ黄色の魂が夫婦の前を通り過ぎた。紅色の火球が、すぅっと高度を下げて近寄る。
「私は、今しがた、死んで来たんですがね! 奥さん、あんたの国が大変な事になっちょるよ」 黄色が小刻みに炎を揺らす。
「どういうことなんですか?」 紅色が、ぶすぶすと不完全燃焼する。
「何でも、中央諸世界がテロ国家だどかで、有志連合が先制攻撃したとか。んで、仕返しに人類殲滅だちゅうて」
「暢気に死んでられないわ! あなた」 紅色は旦那を急き立てて、飛び去った。「奥さん!」 黄色が呼び止める。
「何なの!」
「ライブシップ狩りが始まっちょるけん、奥さんも気ぃつけなされ」
「ありがとう!」
夫婦の眼下を、燎原の火が残像を結ぶ間もなく流れ去る。赤茶けた地平線にぼうっと天空から白い梯子が降りていた。
「待てよ! こりゃ、女子用の肉体培養施設(クローン・リンク)じゃねぇか?」 紫色が、紅の行く手を塞ぐ。
「こんな時に言わないで! わたしの権限で待ち行列をぶっ飛ばせるのは、ここだけなの」 紅色は爆発寸前だ。
「俺は男だぞ」 紫も負けじと炎を尖らせる。
「時間がないの! 体も魂も女になって何が悪いの? 女になるのがこわいの? あなた、女を恐れてるの? 娘たちがどうなってもいいの? ばかにしないでよ!」
「俺は二度と男として再生できなくなるんだぞ」 紫色が激しく動揺する。
「うるさい! 意気地なし! 男、やめちゃえば?」
紅蓮の嵐が紫色を吹き飛ばした。一組の火球が成層圏を潜り抜け、積乱雲を貫いて、大海原を駆け抜けた先に看板が見えてきた。
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