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ワイド≪スクリーン・バロック≫ショー戦争
ワイドスクリーンバロック小説とは、今風に言えば「宇宙規模のセカイ系」
■ お母さんのためのニュースショウ講座
人類圏の全域をカバーする量子共鳴ネットワークで最高視聴率を叩きだす番組が「お母さんのニュースショウ講座」だ。開戦の速報が終り、込み入った世界情勢を解説している。すべて嘘で塗り固められた官制報道だ。真実を伝えた後、苦しい釈明で国民を困惑させる場合より負担が軽い。
「つまり、私達はライブシップ、失礼しました。宇宙怪獣達に騙されていたんですね?」 女性キャスターの演技が鼻につく。
帝国に高い金で雇われた解説者が、ここぞとばかりに醜悪なライブシップの写真を示す。被写体は踏み潰されたウニに納豆をぶちまけたみたいだ。彼女は艦特有の感染症を患った後、美人な航空戦艦として前線復帰している。だが、悪意ある印象操作には申し分ない素材だ。「キモっ!」 案の定、キャスターは絶句する。
「そうでしょうね。最初から侵略意図があったのです。特権者と言う幻影を人類にけしかけ、救世主然として私達の日常に溶け込む。そして反乱の機会を伺っていました」
「特権者戦争は自作自演だったんですね。怪獣が人類を欺くための」 キャスターが馬鹿丁寧に捕捉する。
次に、勢力図が表示された。人類圏とコンサイス恒星系を隔てる国境線上に彗星の軌道が被り、別ウィンドウに五万光年離れた中央諸世界コロニー群が映る。
拡大した彗星中心核に最近で来たらしい直径七キロのクレーターがある。解説者は工場跡を敵基地と故意に言い換えている。
「さて、今後の動きですが……」
「人類圏とフランクマン帝国が主導する有志連合軍は安保理決議に基づき、中央諸世界を壊滅させます。『人類の天敵である特権者の巣窟を処分する』と強烈な口調で謡っていますね」
「そうなんですか。さて、私達の生活にも影響が出ますね」 女性キャスターが深刻な顔を作る。
戦争と実生活をリンクして主婦層を政治に巻き込む王道パターン。
「そうですね、ライブシッ……失礼、宇宙怪獣の超生産能力と戦闘純文学もとい、念力に依存してきた私達は大幅な後退を免れません」
解説者のバックに日用品の量産に勤しむライブシップや、建設作業に従事する戦闘純文学者の動画が流れる。
「不便になるどころか、暮らしが立ち行かないのでは?」 キャスターが視聴者の悲痛を代弁する。
「杞憂ですよ。死人の復活じたい、怪獣の念力に拠るものでしたから、これを禁じることで余剰が生まれます」
「そうですねぇ。ゾンビを扶養するために私達は何と愚かな浪費をしてきたのでしょう」
映像が切り替わり、復活した死人に新たな肉体を与える各地のクローン工場が爆破されている。
「私達は限りある命と資源について再考する必要がありそうです」 キャスターが締めくくった。
「これはひどい」
「ひどいのは、カルバリーよ」
いきなり、呼び捨てされて、我に返った。空爆を躊躇ったあの少女が、のばした上着でショーツを隠して立ち去る。カルバリーは握りしめた端切れを見て事態を察した。
「そんな焦らなくても、モーリーは隊長に告る気満々だったのよ」
「そーよ、隊長。責任取んなさいよ~」
部下達の非難を浴びずとも、手籠めにした以上、娶るのが艦たちの掟だ。よもや、馴れ初めがニュースに憤激して、などと誰に言えよう。
カルバリーは、全力でモーリーの行方を追った。中央諸世界の太陽を回る軌道上に彼女の艦がいた。突入体制を取っている。
「やめなさい! モーリー。あたしよ!」 全チャンネルで呼びかけるも返事がない。
重力傾斜に身を任せ、将来の嫁は真っ逆さまにコロナめがけて加速する。
「あたしが悪かったわ! 馬鹿なマネはやめてちょうだい」
モーリー艦はスラスターを点火。フレアが装甲を舐める位置まで突入する。「カトレアの嵐!」 カルバリーは可変翼を畳み、補助ブースターを起動する。
一気に、太陽フレアを突っ切る。高熱が機体を焼くが、モーリーの心痛に及ばない。摺り寄せる様に機体を彼女にぶつけ、全力で支える。
「ダメ! あたしが護るから。例え中央諸世界を敵に回そうとも」 もう少し洒落た言い回しもあろう。カルバリーは内心、歯噛みしながら彼女を阻んだ。
「ほんとうなんですかっ?」 通信帯域に真紅のスペクトルが輝いた。モーリー艦の逆推進がカルバリーのセンサーに伝わる。
二度、三度、四度、太陽の重力加速度を振り切る振動が、ぐいぐいと彼女が押し返してくる。「ほんとに、ほんとうなんですかっ?」
「ぶ、部下を護るのは私の務めなんだからねっ。お、掟も守らなきゃだわっ」 迫りくる紅蓮を懸命に避けつつも、カルバリーは自問する。何で、こんな修羅場で、睦言、ほざいてんだ、自分。
天空を焦がす炎も、彼女の情熱を焼き払う事はできなかった。モーリーはカトレアの花言葉を思い出して、心に刻んだ。この人と何事も乗り越えようと。
■ シアの遺産
フランクマン・ロムルス帝国総統府 御用ドック。
艤装の済んでない戦艦は石の狸だ、という格言がある。一説によれば、瀕死の狸の誤りだとも言うが、魂の抜けた強襲揚陸艦にとっては相応しい形容だ。強酸性の熱泥がたぎる海の奥深く、空洞化した惑星の地殻に、逆さまに張り付くように、カマボコ型のドックが幾つも併設されている。シア・フレイアスターの骸はライブシップと共に、ひっそりと安置されていた。強襲揚陸艦は手足となるメイドサーバントとの脳波リンク喪失を既に理解していた。多角度から状況を分析して、義躯が何らかの肉体的死を迎えたと結論付け、貯蔵済みの受精卵から新たなボディを育成する作業に着手していた。
ところが、容れるべき魂をどこから確保するかを巡って、艦の補助頭脳達は激論を戦わせた。
不死が保証された現代において、魂は最寄りの煉獄へ向かう。惑星プリリム・モビーレの海水を満たした往生特別急行(オリエントエクスプレス)の路線網が宇宙空間を巡り、クローン工場のある終点へ魂を運ぶ。
補助脳は当初、シアの所在を往生特急公団に確認し、回答を得る前に開戦のため連絡が途絶えた。魂が無ければ無いで、そこいらを彷徨う浮遊霊━━行き場を無く(ロスト)した霊魂をシアのバックアップで書き換える。
どうどうめぐりの最中に帝国の装甲降下兵(トルーパー)が艦を制圧した。
「諸君がお探しの魂なら、ここにあるぞ! ホレ」 狼男はあろうことに、量産型ワロップの魂をぶち込んだ!
強襲揚陸艦の自己意識が蘇ると、近接ミサイルランチャーが作動し、装甲車両部隊をトルーパーごと粉砕した。メイドサーバントが座るべき席で踏ん反り返る総統を、艦橋ごと切り離し、血の池に沈めた。
艦を十重二十重に固定していた対核特殊鋼製のケーブルを溶かす酸を、超生産能力を駆使して合成し、束縛から逃れた。
帝国の敵味方識別装置はシア王妃をまだ総統の親族と認識していたため、強襲揚陸艦は警戒網を顔パスで突破できた。慌てふためく近衛師団が、帝都上空で雲霞の如く押し寄せた。
てっきりご乱心遊ばせた総統が、気まぐれで艦を試運転していると判断したのか、艦対空ミサイルの餌食になるがままだった。フランクマンの総統はそういう男だからだ。
「狼に狼藉を働くとはな! 三千世界最強を名乗る航空戦艦サンダーソニアの娘だけに、なかなか冗談がきつい」 血の池から救出されたデスバレーは、追撃を具申する部下を笑い飛ばし、捨て置きを命じた。
狂った強襲揚陸艦は、帝星の大気圏内で超空間へ突入し、巻き起こる衝撃波で血の池が逆巻いた。
「いいんですか?」 無茶ぶりの一部始終を傍観していた武官達が訊ねた。
「あれが扉の内側を引っかきまわしてくれる間に、外の攻略を愉しもうではないかね、諸君」 狼男は総統夫人となったメディアの腰に手を回し、いずこかへ立ち去った。
何も出来なかった。何て不甲斐ない女なの? 戦略創造軍の中央作戦局長たる者が! 彼女は情けない自分をなじった。メディアの黒歴史が刻まれた。
■ ハイフォン第八彗星王国上空
旗艦ブーケ・ペイストリーパレスを中心に、おおよそ千隻のワロップ級量産型空母が集結した。そうそうたる観艦式に臨んだアバスは、人類圏に対し正式な宣戦布告を行った。
本来ならば、帝国陣営として特権者に敵対するはずが、人類の天敵(とっけんしゃ)認定された中央諸世界側として参戦する羽目になった。
もう、開戦の動機など些末事だった。後世の歴史家が眉間にしわを寄せながら、こじつけるだろう。
この作戦の音頭を取っているのは、いまや愛らしいエルフ耳天使の女子高生と化したブーケである。彼女は水を得た象の如くスカートを翻して、はしゃいでいた。
連絡船に封じられたまま、あの下らない男の子孫達と、にらみ合いを続けるよりは、直接殴り合う方が遥かに楽しい。彼女は青春を謳歌していた。
それは、彼女が意識下で描いていた将来像だった。絡まった世界線をほぐして、赤い糸を手繰り寄せるのだ。好きの反対語は無関心である。世界をオモチャにしてまで、あの男に執着するのは善意の裏返しだ。
ハイフォン彗星王国の実権者はアバスであるが、彼女の手駒に過ぎない。意図的ではないが。
「あの女が二年ごとにこちら側で何をしているか承知している」とドクターがメディアに語ったのは、彼女の本心を見抜いたからだ。両異世界をまたにかけて夫婦喧嘩を愉しむとは何と幸せな二人だ。
夫を持つ者は判るだろう。構ってくれる悦楽を。
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