シップブレイカー(殺人者)の汚名

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シップブレイカー(殺人者)の汚名

■ 探査機の謎 恒星コンサイスはG型の主系列星で、スペクトル分布は太陽とほぼ同格である。 彗星が、一天文単位(太陽と地球間の距離)まで近づいて、マイナス等級の輝きに満たないというのは、天文学上あり得ない。 「…と、いう事は物理法則をひん曲げる戦闘純文学者のたぐいが、何か『絶賛やらかし中』ってわけね」 グレイスが指摘する。 「やっぱりね。探査機を大量に持ってきて正解だったわ」 地球の中央作戦局から指揮を執っているメディアが、うなづく。 「作戦局は、何か掴んでたんですか?」 グレイスが問う。 メディアは、深刻な顔で答えた。 「探査機が不自然な壊れ方をしたのよ。ここは国境地帯よ。彗星は、隣国とこちらの領土内を往来している」 メイドサーバント達の脳裏に、彗星探査機の破壊映像が浮かび上がる。 「回転させるわね。ここよ」 メディアが放熱パネルを拡大する。 彗星の塵を受けた探査機は経年劣化していた。 「大切なAIを冷却するために、頑丈なベリリウム製なの。十年は持つはずが、溶けてる」 「おかしいわ。確かに、ベリリウムは酸素と激しく反応するけど、ここは宇宙よ」 学識経験者であるシアが首をひねる。 「探査機は、空気が抜ける構造になってるの。ちゃんと穴が機体にあいてる。お姉ちゃんみたいに」 「うっさいわね。 誰がマヌケですって?」 航空戦艦は対艦量子機銃を撃ちあった。 「ごるぁ! さっさと作業にかかりなさい!」 襲揚陸艦シアが、重力アンカーで二隻をからめ取る。 ぱっ、とオレンジ色の閃光。視界が晴れると、ライブシップ達は、小さな光の点と化していた。 「あの子ら〜」 目潰しを食らった揚陸艦の中で、シアが悶絶していた。 同時に彼女は、娘たちのパワーを誇りに思った。血縁がない子でも、ちゃんと親に似るのだ。 じき、二人は自分を追い越し、立派な仕事屋になる。シアは目を細めた。 ■ 彗星の核へ 彗星のガスが、厚布を動かすように迫っては、飛び去る。手前から奥に広がる勾配の上に、二本のさざ波が、走る。 航空戦艦の姉妹は、オレンジ色のバーニャが青白くなるまで加速する。両者一歩も譲らない。 その後を、まったりと強襲揚陸艦が追尾する。「シズマ・ブースト!」  シアの掛け声と共に、艦尾のエンジンカバーが開く。 大陸間弾道ミサイルほどもあるブースターが、十二列。 二段、三段、四段と積み重なっていく。  オセロゲームが終盤で逆転するように、真っ暗なノズルが、一挙に白熱していく。次の瞬間には、グレイス号の遥か先を行っている。 親の威厳をみせつけるようなブーストで、シアは姉妹を先導する。ハイフォンviiiが、ライブシップ達の前に見えて来た。 「彗星か…百キロ圏内に突入。…ャトルを投入して…」 メディアの指示が途切れがちに聞こえる。 フレイアスター級強襲揚陸艦は旗艦を務めるだけあって、広範囲な防空任務や電子妨害等、攻撃空母クラスの任務もこなせる。 飛行甲板に、全幅約五十メートルのリフティングボディが、横一列にならぶ様は壮観と言うより、荘厳だ。シャトルの幅はB−52爆撃機とほぼ互角だ。 「ベンチャースター、リフトオフ!」 シアが、卓球を打ち返すようなしぐさをすると、鈍重な大型シャトルが、いっきに蹴りだされる。 醜いクレーターで覆われた核を、視覚センサーがとらえた。見ているだけで、むず痒くなる。 ベンチャースターは、巣立ったばかりのヒナに似て、飛行が安定しない。実際には、細かい軌道修正を重ねて、着実に接近している。 「探査機を射出します」 乱れた呼吸を整えて、シアが宣言する。 いくら場数を踏んでも、手に汗を握ってしまう。 中央作戦局から、指令が飛ぶ。 「グレイス号は、探査機に異常を検知しだい、直ちに回収を。 サンダーソニア号は、全チャンネルで妨害行為の探知と追撃の準備を」 シャトルのカーゴベイが、苛立たしいほどゆっくり開き、探査機が露出する。グレイスが、神経を集中する。 サンダーソニア号は、つかず離れずの距離で船体を横転させ、センサーを全開にしている。 分娩に似た緊迫の中で、シャトルが探査機を産み落とす。 順調に高度を下げ、中心核を回る軌道に乗る。 「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応。パターン赤を継続中。だんだん、強まってる」 ソニアが報告する。 「衛星の放熱部に酸素は未検出」 グレイスがこわばった口調で伝える。 「軌道に乗ります。5・4・3」 シアがカウントダウンを開始した。不安を払うため、秒読みに専念している。、 ソニア号のセーフティロックが、この場にそぐわぬ軽快さで、オフにされる。 荷電ビーム砲にプラグが、ガチャリと接続され、量子速射砲にカートリッジが給弾される。 「2」 グレイスの瞳孔に探査機が反射している。じりじりと胸を締め付ける重圧。 「1」 その時を待つ焦燥と、解放への期待感がせめぎあう。 「0」 無言が支配する真空に、心拍音が刻まれている。 「Tマイナス1」「マイナス2……」 カウンターが淡々と数値を減らしていく。探査機が、姿勢制御バーニアを吹かしはじめた。 シア、緊張を解いて、ふっくらとした愛らしい顔に戻る。 「グレイス、お疲れ様」 ねぎらいの声をかける。 返事がない。 シアは、血相を変え、何度も呼びかけた。 ■ 白い異世界 グレイスは探査機を凝視している内に、自分の視点が定まらないことに気付いた。突然、広大な世界に放り出された孤独を感じる。 ハイフォン第八彗星に追随する探査機やライブシップを俯瞰し、娯楽映画をくつろいで観ている観客の気分になる。 焦りや不安はない。表現しがたい浮揚感が全身を包み、四肢が束縛されている。ゆっくりと、自分と世界の境界が消えていく。 彼女は、全体の一部となった。 やすらぎをぶち壊すように、角ばった文字が意識に突き刺さった。 「貴女は満足しているの? 貴女の歴史に不満はないの? よくも、行動を起こさないでいられるわね!」 何もない真っ白な個室に、毒々しい赤で塗られたゴシック体が跳ね回っている。女だ……癇癪持ちの女から取り出した新鮮なヒステリーだ。 「あn…たは…誰r」 ぽつぽつ、と一文字ずつ、グレイスの思いが空間に打鍵される。 「不老不死で、有翼で、美人で、エルフ耳で、鰓と、水かきも、岩をも砕く鉤爪もあって、どこでも自由に行けて、宇宙船の体も持っている!」 まくしたてる女に、グレイスは親近感を抱いた。「あら、あなたも艦なの? 中央諸世界の所属? お友達になりましょう」 アストラルグレイス・オーランティアカはヒトとして生まれ、不本意な改造を施された黒歴史を持つ。だから、努めて明るく振る舞う。 「でも、毛穴がない、というか鮫肌で、胸もない、女らしい贅肉もない、卵巣もない、ついでに、男と結婚できない」 女は、辛辣な言葉を投げ返した。 「うっ……。それは、わたしも同じ。いじけちゃダメ。メイドサーバント用のファッションがあるし、人間の女子には負けないわ」 自分の嫌な面と何度も向き合い、受け入れてきたグレイスであるが、改めて突きつけられると、心がゆらぐ。 「たいした自信ね!」 女は、あざ笑う。「そうよ。 でなきゃ、やってられない」 グレイスが胸を張る。 「わたしは、そういうあなたと真逆の存在! やってられないわ」 白い床がいきなり崩れ、断片的な現実がグレイスの自我に突き刺さった。 あれは、夢だったのか? 現実だったのか? 自分は死んでいたのか? 考える余裕もなく、保留中だったメッセージが脳裏になだれ込む。 警報が耳ざわりだ。艦橋が揺れ動く。 「ベローゾフ・ジャボチンスキー反応。パターン赤。振り切れてる」ソニアの悲鳴が裏返る。「おねえちゃん、寝てるの?」 回転するグレイス号が、噴射ノズルを機銃のごとく掃射し、ぴたりと姿勢を立て直す。展開が早すぎて、状況についていけない。 「シア! 爆散した探査機とシャトルは放置して、次のベンチャースターを出せ。数十機単位でだ。情報が拾えたらいい」 メディアの機敏な指示が飛ぶ。 グレイスは、まだ観客の気分が抜けなかった。目の前の騒動も、遠い外国の出来事に思えた。 「グレーーーーーース! ベンチャ〜スタ〜の在庫が尽きたと言ってるでしょ〜が!」  「……は、はい」 外見年齢二十歳代の作戦局長が本気で怒ると怖いのなんの。グレイスは超生産能力プラントを慌てて起動した。 「エーテルポケットにハマった連絡船はどこ? 助けなくていいの?」 ソニアが、彗星のフレアに突入する。 「『見張ってなさい』と言ったでしょ。こら、ソニア」 メディアが中央作戦局のオフィスから怒鳴る。 「三時の方向に大規模な重力波探知!」 グレイス号のセンサーが、何かの船影を捉えた。 「慣性質量十万トン。搭載火器を多数検知。推定破壊力はオーランティアカ級航空戦艦と対等?」 シアが解析データに驚く。 「契約内容が違うわ! あたしらの相手は、軍艦じゃなくて『連絡船』だったよね?」 ソニアが憤っている。 メディアは予想外の事態に凍り付いている。「いや、わたしの手元には民間船舶の証明書がある」 彼女のオフィスがある地球からでは、オーランティアカ級らしき船は、なぜか曖昧で確認できない。 量子レーダーの端から端まで、船影が一気に駆け抜ける。背後から放たれた敵弾が、グレイス号の尾翼をかすめる。 「スターボウ・ショット!」 サンダーソニア号が、艦首バーニャを逆噴射して、急上昇し、敵の背後をとる。  ソニア号の翼端が手招きするように折れた。手首にあたる部分から、七色のビーズに似た光弾が、目標めがけて、らせん状に飛ぶ。 敵影をライトブルーの鎖がとらえた。そして、どこから湧いたか、色違いの球体がひとつずつ、着弾する。計、七色がそろった所で、いっきに爆散した。 同時に、グレイス号が派手な爆炎をあげる。メインスラスターをやられた! 制御を失い、彗星の核へ落ちていく。 「おねぇちゃん!」 ソニアが悲鳴を上げる。高機動バーニャ点火。一気に、星空へ吸い込まれていく。 そして、レーダーの有効範囲を遥かに超える爆発が起きた。 アストラルグレイス号。データリンク喪失。サンダーソニア号、敵味方識別装置、沈黙。 計器類が、冷酷に告げた。 『サンダーソニア号のフライトレコーダーから、識別信号が出ています。場所は彗星中心核表面上。回収を要請しますか?』 ウインドウがシアの視界に、でん、と覆いかぶさる。女性の柔らかな手が、激しく振り払う。 フレイアスター号の艦橋で、シアが長い前髪を垂らし、すっくと立ち上がった。顔はうつむいたまま。肩が震えている。 中央作戦室の大画面に、うるんだ瞳が迫る。 「そういう事だったの……」 シアは、幼子に諭すように、あえて優しい口調を選ぶ。 「ひっ!」 メディアの目が、蛇と対面した蛙に凍り付いた。おとなしいシアが、爆発する時は、いつもこうだ。  「ひとごろし。いや、艦殺し」 ゆっくりと、彼女の唇がうごき、罪状を読み上げる。 シアは低い声で小さくつぶやく。お前が罠にはめて、抹殺をはかったのだろう。座った目が、静かにそう主張している。 「ち、ちがうわ。何かの間違いよ」 メディアが手足をばたつかせて、壁際に下がる。 「おかしいと思ったのよ。連絡船の監視だなんて……」 中央作戦局のモニタというモニタを、怒り狂った母親が独占する。 「わたしが、そんなチャチな陰謀を……」 メディアがスカートの真下の床に、水たまりを作りながら、釈明する。 「高額報酬を餌に、フランクマン・ロムルス帝国との国境地帯に、金食い虫をおびき出す。安上がりなリストラね」 饒舌なシアに、上辺だけの弁明をしつつ、メディアは書架をまさぐった。 「ちゃんとした指示書があるわ。ええと、どこかしら?」 乱雑に押し込んだファイルの隙間から、カバー付きの赤ボタンが見えている。メディアは、取り乱すふりをしながら、後ろ手を這わせる。 「抗ライブシップ・バクテリア搭載型ワープミサイルの発射キーは、二十五センチ左よ」 シアが、お見通しだとばかりに助言する。 地獄の釜が開いたかのような、重低音が中央作戦局全体を揺るがした。 『ディフェンス・コンディション ワン アップル・ジャック発令! 総力戦体制突入。 くりかえす……』 メディアは、がくんと腰を落とした。白い壁に黄色いシミを引きずりながら、水たまりの中にへたり込む。 「国連大量兵器撲滅委員会があなたを、たった今、大量破壊兵器と認定したわ。白夜大陸条約機構としては、あなたを……」 自嘲気味に作戦モニターを読み上げるメディア。 シアは、状況に動じない。 「あたしたち、中央諸世界のフネを敵に回すと、地球が微塵切りになるくらいじゃ、済まないわよ」 やけっぱちになったメディアは、他人事のように受け流す。実際、上位組織たる国連が動き出せば、どうにもならない。 「さーあ、どうかしら? 中央諸世界政府は、あなたをとっとと引き渡して、沈静化を図るでしょう」 修羅場を踏んできたシアは、勝ち誇ったように笑みを浮かべた。管理職に埋没した女はパターン思考に陥りがちだ。わたしとは、違う。 彼女は、満を持して変化球を投げる。 「あたしは、フランクマン・ロムルス帝国と手を組むわ!」 「なっ……」 メディア・クラインの視点が、見慣れた中央作戦局長室の天井に固定した。くすんだチェレンコフ灯が揺れている。 彼女は、懇願した。 あれが、どこかの外国のホテルのシャンデリアだったらいいのに。
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