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悪女対決 シア×アバス
■ ハイフォン彗星王国 暫定首都メロウ 上院議員宿舎
彗星の住環境は、物理法則を捻じ曲げて為されたものだ。それゆえ、あちこちに無理が生じている。
首都の施設も、暫定や仮と付くものばかり。国の制度すらも急ごしらえだ。
なぜなら、訳ありでこの星に住む三万人近い戦闘純文学者達は、短期間で自立し、将来を決める必要があるからだ。
わずか、この一か月ほどで、有権者名簿、選管、候補者、政党が準備され、投票を経て、暫定政府が出来た。
削りたての木の臭いがする執務室で、ハウは支持者に片っ端から連絡した。
「チャタリング・ライナー!」 ハウが窓に戦闘純文学の術式を投げると、ブラインドに文字が並んだ。一行につき一人、支持者の声が右から左へスクロールする。
上院議長の翻意に関しては、事態の推移を見守るという意見がほとんどだった。ただ、一部に戸惑いもみられた。
キャセイは、お世辞にも美人とはいえないが、ブスでもない。
そんな彼女を、リーダー格に祭り上げたのは、女子の間に働く不思議な力学のしわざだ。
よく、女の敵は女だといわれるが、それは男が絡んでいる場合に限る。女性は本能的に安定を好む。無難なキャセイは適任者だった。
「まだ、あの子が裏切ったとは限らないわ。私たちはキャセイを信じてる」 支持者たちは、声をそろえてハウの懸念を否定した。
彗星王国は下院が優位な二院制で、「後継者」と呼ばれる選帝侯が内閣を任命する。もっかの国論は、この星に偶然開いた「異世界への扉」にどう対処するかだ。
特権者と人類が争う、この世界に留まるのか、戦争の無い「あちら側」の世界へ移住するのか。国民の意見は割れている。
それぞれが、移民党と残留党を結成し、不毛な議論を続けている。
上院は、ハウ達の異世界移民派と残留派の議席が半々だ。キャセイ議長の一票でどちらにも転ぶ状況だ。
「ぐずぐずしてる暇は無いのよ。異世界の扉は、あと三日で閉じるの」 ハウは、支持者達を煽った。
「でも、キャセイに男がねぇ……。くすくす」 女たちは、まるで緊迫感に欠ける噂話を始めていた。
ああ、もう! わたしは、二十一世紀の地球でトラックに轢かれて、この世界の上院議員に生まれ変わったのに、運が悪すぎる。
ハーレムは無かったけど、チート能力と、ライブシップの女を使って、元の世界に戻れば、怖いものなしよ。
この彗星にいる女達も、戦争が嫌で逃げてきたんじゃないの? みんなで二十一世紀の地球を征服すれば、安泰なのに、ワケわかんない!
「世の中、そう単純に参りませんよ」 低い声がブラインドの裏から聞こえた。素早い動きで、後ろ手を縛られ、短剣が喉に突きつけられた。
ハウは、独り言を聞かれた焦りと恐怖で、身動きが取れない。
「だ、誰なの?」 振り返ることが出来ないまま、声を振り絞った。
「ラノベさっか」 声の主は、そう答えて、刃先を突き立てた。
「うそ?! リア?」
「あなた、オーランティアカの姉妹を使って、残留派に対して、単独でクーデターを仕掛ける気でしょ?」 スコーリアは、ハウの喉元を掻き切る姿勢のままだ。
「どうして、判るの?」
「だって、わたしは『らのべ作家』になったんだもの。お見通しよ。だから、あなたの愚行を止めに来たの」 優越感に浸るように、スコーリアはうっとりと語る。
ハウは、身震いしながら命乞いした。
「よ……よくわからないけど、あなたに従うわ!」
剣先が、すっと引っ込んだ。しかし、ハウは、この一瞬の隙を最大限に活用した。腕を縛られたまま、下半身をひねり、相手の腕を蹴る。短剣が床に落ちる。
「ダブル・バインド!」 彼女は側転をしつつ、その回転力を利用して、強力な術式の渦を作った。スコーリアを不透明の縄が縛る。
「らのべ作家にチートは無効よ」 ハウのダブルバインドを、軽々とかわす。「この!」 着地と同時に、ハウは光弾を吐く。
騒ぎを聞きつけた憲兵二人が、スコーリアを取り押さえた。「あ〜はいはい、カット」 彼女が面倒臭げに手をひらひら振ると、女性兵士達は消えてしまった。
ハウは、呆けたようにへたり込んだ。「あんた……何をしたの?」
「うん、うざいから消した」 てへっ、と舌を出してスコーリアが笑う。「てへぺろ、ってあんた」 僻み屋でヒステリーだった友人の変貌ぶりに、ハウは身震いした。
スコーリアを相手に、ライブシップを用いて、武力で上院を制圧するのは無謀だ。ハウの完敗だ。
夜が更けた議員食堂。座席の設置や内装がまだ完了しておらず、店の奥にはロープが張られている。ハウとスコーリアは、窓際に陣取った。
ハイフォンの夜風が密談を助けてくれる。大皿の上では丸々太った幼虫の丸焼きが、肉汁を垂らしている。
憲兵が二人も失踪したというのに、誰も気にしていない。あな恐ろしや、スコーリア!
「要するに、あの後、あなたは、世界を記述する力を授かったというのね?」 ハウの何度目かの質問に、疲れた顔でスコーリアがうなづく。
「特権者と言うらしいよ。この世界の住人達は恐れてるけど、案外、いい奴じゃん」 ぷりぷりした肉片に、デミグラスソースをかけつつ、スコーリアが答える。
「これで、戦闘純文学者たちは、二十一世紀の地球から転生してきた女たちに、ライブシップを孕ませる大義名分を失うわ」 ハウは、は〜っとため息をつく。
「バカみたいだね。わたしたち、元の世界に帰ったら、チーレム街道まっしぐら」 スコーリアがナイフで幼虫を両断する。
「ライブシップで世界征服しなくても余裕だわね。あ〜、無駄な転生しちゃった〜。わたし、死ぬ前は、ゆるふわ系のデブスだったんだよ〜」
「今の方が可愛いよ〜。もうすぐ、こんな殺伐とした世界ともお別れだし。元気出して、歌っちゃえ〜」
スコーリアは、傍らに留まっていた翼竜に金貨を払った。黄金色の雄竜は、愛らしい目を閉じて、流行り歌を唸り始めた。
男日照りのライブシップ達が、大空を彼氏の腕に見立てる壮大なイントロが始まる。
「流れ流れて異世界の、うたかたの花に憧れて、待てど暮らせど遅咲きの、春待ちわびる恋心。歌いますは、ハウ・シャオメイ! 拍手ぅ〜」
スコーリアが、水晶柱を握りしめ、上手なMCで盛り上げれば、ミラーボールが聴衆に星の雨を降らせる。
「わわわ、わ〜♪ わわわ、わ〜♪ どこにいるの? 癒し人〜♪」
よせばいいのに、ボーイッシュなメイドがデュエットする。「ぼぼぼ、ぼん♪」背後には、さまざまなプロポーションの女達がコーラスを務める。
ハウとスコーリアは、特権者から授かった「世界を記述する」チート能力で、いかに二十一世紀の地球を書き換えるか、夜通し語り合った。
■ フランクマン・ロムルス帝国 総統府 スイートルーム
この乱痴気騒ぎを、冷やかな目で見下ろす者たちがいた。過去形である。
回転ベッドの中央に、議員食堂の醜態が大きく映っている。
「シア君。事後にコーヒーを噴くというのは、メイドサーバントの文化かね?」
デスバレーは、砂糖とミルクがねっとりと付着した毛皮を侍女に拭き取らせていた。
「いいえ。だって〜あの子たち。ぶわははは、お腹がよじれる〜」
純白ビキニに、モフモフ翼の女が、茶色のシミだらけになりながら、ベッドで転げまわる。
「ふむ。異世界移住派は総じて馬鹿だと痛感した。君の術で籠絡するまでも無かったか」 総統は気持ちよさげに、熱いタオルで首周りをぬぐう。
「一枚岩ではありません。油断は禁物ですわ」 簡易バスタブに浸かったシアが、背中を侍従に流してもらい、うっとりと答える。
どういう経緯かは知らないが「転生すればどうにかなる」という甘い考えで、こちらの世界に来た素人女を騙すのは、簡単だ。
特権者を騙ったシアに一杯喰わされたとも知らず、飲み明かす二人は哀れだ。彼女らが授かった力は、限定的かつ一時的なものだ。
世界の記述など、神以外にできるものか。シアだって、不可能だ。真実に気付いた二人は、あちらの世界でまた、車に轢かれるのだろうか?
もちろん、その場合は、即座にあの世行きだ。大それた事を考えずに、シア達の世界で慎ましく生きていけば、不老不死は保障されるし、美人でいられるのに。、
ともあれ、移民派がライブシップを扉の向こうへ持ち出す事態だけは、回避できそうだ。娘たちを二度と開かぬ扉の向こうへ、連れ去られてはたまらない。
それが、シアの懸念だった。
「シア君。ライトノベルとやらは、そんなに面白いのかね?」 デスバレーが冷やかに笑う。
「さぁ。あちらの人間は寿命も短く、容姿や地位など格差も大きく、戦闘純文学も使えないそうですわ。麻薬的な位置づけなのでしょう」
「無能者が異世界に転生したら……か。利用価値のある思想だな」 総統は微笑した。何か、閃いたらしい。
「無力な者の叫びは、侮ってはいけませんよ」 シアは、夫の名著「遠い呼び声」を思い出した。
「ところで、厄介なのは残留派だよ。アバス首相の口を割らせる妙案はないかね?」 デスバレーは、困った顔をして母性本能をくすぐる。
「工場ですか? ライブシップは木星のようなガス惑星の大気圏で育てるものですよ」 シアは、肩をすくめる。
残留派は、ライブシップを量産し、フランクマン帝国と組んで特権者を滅ぼそうと企んでいる。それは帝国情報部が集めたあらゆる証拠から明白だった。
ただ、この星系にはガス惑星は存在しない。それにもかかわらず、彗星の大気をライブシップが育つよう改造した。これでは、つじつまが合わない。
シアは悩んだ。アバスは彗星の何処かに工場を隠しているのか、最初から特権者とやりあう気はないのか、それとも何か別の企みがあるのか?
とにかく、オーランティアカの姉妹のゆくえは、首相の意図を暴くことが鍵となる。悠長に謎解きをする時間はない。
シアは焦った。そして、閃いた。
あった! たった一つの冴えたやり方が! どうして、最初から思いつかなかったのだ?
彼女は、ぼそぼそと総統に耳打ちした。「こいつは、面白い!」 デスバレーは、吠えるように笑った。「わははは、シア君。きみは喜劇女優だ!」
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