死活の境界線

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 ■ ライブシップ懲罰艦隊 旗艦カルバリー艦橋  受け入れがたい情報ほど、すんなり頭に入るものだ。  無軌道戦艦クローデル撃沈の報はリアルタイムで届いた。 「うそよ! そんなのうそだわ!」 「本当ですってば、ほら!」  懲罰隊長カルバリーは頬のこけた女だが、声は人一倍でかい。特に、既成事実を希望的観測でけがされる事を、とことん嫌う。  万が一だとか、何らかの間違いだというメディア・クラインの甘ったれた幻想に、客観論で切り込む。  古代の執行官は三人一組で絞首台のボタンを同時に押したというが、彼女はたった一人で呵責に耐えるのだ。半永久的に。  返す刀で、中央作戦局長の不手際を諭す。当初の作戦ではクローデルで威嚇し、抗ライブシップ・バクテリア弾頭を積んだ懲罰艦隊は、一歩引いて睨みを効かせる手筈だった。  ひよっこの試作型ライブシップが、捨て鉢になった挙句、決戦兵器を倒すなど夢想だにしなかった。 「そんなのってありえない! カゲロウまで失うなんて」 角を折られたカタツムリのように同じ場所を周るメディアを、隊長は躊躇なく平手打ちした。 「いい加減にしないと、あなたを精神保健上の理由で解任しますよ」 カルバリーは最後通牒を突きつけた。 「名案ね!」 メディアは、作戦局長の襟章を床に叩きつけた。  そそくさと私物を纏めた彼女の専用機を見送りつつ、カルバリーは部下のライブシップ達に粛々と命令を下し始めた。  ■ ハイフォン第八彗星王国   赤絨毯を敷き、瑪瑙で飾られた議長室から、女の喘息発作が漏れ聞こえる。いや、アバスの下品な爆笑だった。 「スコーリアが特権者から、世界を記述するチートとやらを授かった」という情報は官邸に届いていた。  要するに、あのビッチは特権者と同質であり、あちら側でも世界の脅威と見なされるだろう。  軽率な行動で居場所を無くした彼女に、アバスは二択を迫ろうとしていた。  特権者の片棒を担ぐのか、王国と組んで奴らを滅ぼすか。バカ女二人組の燃料は性欲、物欲、名誉欲だ。  王座ではキャセイがライブシップの成る木として、異世界の扉の遥か向こうまで根を張っている。その先には木星がある。  雌鶏の卵巣に酷似した幹には、粘膜に包まれた卵黄や、メイドサーバントになるべき形成中の胎児、薄皮を被った宇宙船が埋もれている。  みな、ワロップの面影がある。スコーリアが逃げ出すのも無理はない。  アバスが愛おしそうに見やる窓辺からは、サンダーソニアの苗床が見える。少女の顔が咲いている。 「おねぃぢゃん!おねぃぢゃん!」 しわがれ声がガラスを震わせ始めた。 「焼き払え!」 首相が顔をしかめる。 戦闘純文学者達が術式を唱えると、苗木は黒ずんだ種子を残して灰と化した。  アバスは侍従達に収穫をやめさせた。苦悶の彫像と化したキャセイの顔を軽く小突き、注射針を刺した。「お疲れさん」  ■ 帝国総統府  狭い小部屋に小川のせせらぎが小一時間ほど響いている。 「シア君。具合が悪いのかね? 医官を呼ぼうか?」 扉の裏からくぐもった夫の声がする。 「えっ?! ひゃっ」  翼が床に触れないように中腰になっていたシアは、あわててショーツを引っ張った。  水面に浮かぶカルバリーの顔が、術式を綴った紙と一緒に流れ去る。 「夫婦間にもプライバシーはありますよ!」  侍従に衣替えをさせながら、シアは顔を赤らめ、頬を精一杯膨らませ、怒りを演出した。  あえて言わせてもらうが、男は異性に対して過剰な幻想を押し付ける。迷惑このうえない。  女性だって人間だ。夫婦間で生活空間を共有するということは、そういうことだ。  案の定、夫は腫れ物に触れるよう振る舞っている。曇った顔を見せておけば工作は完璧だ。女の怖さを思い知れ。  情事のあと、デスバレーは前夫の抹殺を彼女に提案した。実際は、脅しに近い要求だったが。  まったくもって、夫は計算高い。妻の忠誠心を試すと同時に、特権者すら恐れる最終兵器の抹殺を目論んだのだ。  知的な男に弱い女心をくすぐられたシアは、本気で惚れ、あっさり従った。 「じゃあ、わたしのお願いきいてね!」 彼女は、具体案を夫に呑ませた。クローデルを沈めたワロップの装備は帝国製だ。  コヨーテがオオカミに屠られたのだ。夫が彼女を喜劇女優と評したのもうなづける。  そして、さきほど、シアは懲罰艦隊に内通した。  ■ 連絡船USSペイストリーパレスの正体  内装は朽ち果て、二人掛けシートには毛髪や骨片が積もっていた。 「そう、あなたたちは『ハイフォン』と呼んでいるのね……」  グレイスを迎えた人妻は、どことなく乾いた印象を与えた。動力も食料もとうに尽きた船で生活できるはずはないが、彼女にはちゃんと足があった。  聞けば、彼女は実家に帰る途中、この彗星に難船したという。そして、驚いたことに、船からどうやっても降りられなくなった。 「ほかの乗客はご覧のとおりよ」 「さも当然のように言いますね」 グレイスは、彼女の冷静ぶりにぶったまげつつ、訊いた。 「あいつは……いや、正確にはあいつの子供たちだけど。来るたんびに同じ事いうんだもの。すっかり、おぼえちゃったわ」  彼女は、この船にまつわる悲しい物語を暗唱しはじめた。
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