解決編

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解決編

犯人とミッシングリンクがわかった。 しかし、わかったところで… (実行犯はおそらく一人で間違いないが、動機が全然わからないせいでこれからのことが見えない… あの三人が何かしら組んでいる可能性もある…どうしたものか) (そういえば今何時だ) 携帯電話を開く。 (13時を回ったところか…朝から海釣りして島に着いて…意外とここに居た時間は短いんだな…もう何年も居た気がする…) 今日は金曜日、本来なら定時で帰って家で一人で飲んでいたところだ。 ある事件に巻き込まれ、ヒ素中毒で亡くなった元彼女の命日がちょうど10年前、3月の半ばということで休暇を取ったのだが…こんなことに… (アイツが生きてたら今頃結婚してたかな…、いや、考えても仕方ない それより『今』だ…犯行が続かないとも限らない そうなる前に…) 何かを決心したように、食堂へと皆を集めた。 片手には、翠色のハンカチを握って。 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏ 【第四章】真実 「皆さんを集めたのは他でもありません、カエデちゃん、そしてマコトくんを殺害した犯人を暴くためです。 ハッキリ言います、あなた方の中の一人が犯人です。」 アキラは、額に汗を浮かべている。 ミヤビは、どこか他人事だ。 セツナは、俺に鋭い視線を浴びせている。 (そういうことか…犯人は…) 犯人の思惑が推察できた。 そして三人がそれぞれ違う思惟を持っていることで、彼らが組んで一斉に何かをしでかす気はないことも。 「まずこれを見てください。」 俺は三人に携帯電話の画面を見せた。 マコトが遺したダイイングメッセージだ。 「何ですかこれ…」 アキラが不思議そうに首を傾げる。 「これは、マコトくんが遺したダイイングメッセージなんだ…」 「なっ…」 三人が同時に驚く。 そして視線を再び携帯電話へと移す。 「1が11個見えますね…」 セツナがじっと画面を見つめた。 「そうです、これが何を意味するか…実際書いてみればわかるでしょう」 厨房にあるメモ帳とペンを使い、1を11個書き上げる。 なるべく、真実に近づく書き方で… 「これは…!あっ…!」 「アキラくん、気づいたようだね…」 メモ帳にはハッキリと書かれていた。 『 シ ツ ジ 』 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏ 真実が暴かれ、セツナの鋭い視線が俺を再び射抜く。 が、椅子からガタンと勢い良く立ち上がる音の方に目を奪われた。 「お前か!お前だったのか犯人は!……カエデをあんな目に!」 アキラがサバイバルナイフを……ミヤビに向けて振りかざしたのだ。 「やめなさい!アキラ!」 「やめろアキラくん!ミヤビちゃんから離れるんだ!」 「離せ!離せ!ミヤビは殺す!」 激高するアキラを俺とセツナが取り押さえ、サバイバルナイフを奪って遠くに放り投げた。 「…タカシさん、アキラの行動に疑問を抱かないということは… 貴方は知っていたのですね、何もかも…」 セツナは息を荒げ、眉を顰めて俺に問う。 「あぁ、もうあなた方の秘密(繋がり)も知っている!」 車椅子の上から見下ろすミヤビ。 彼女……は咳払いをすると、驚くほど低い声を絞り出した。 「そうだ、俺が真犯人だよ」 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏ 「俺が男だと、そして偽の令嬢であることに気づいていたんだな?タカシさん」 ミヤビの化粧は若干崩れかけ、顔つきが少年のものへと変わっていく。 「あぁ、思えば最初から違和感があったよ… ミヤビちゃん、いや、ミヤビくん…あなたは吃驚するほど美しい少女だった… だが…あまりに「声」が作り物だったんだ」 ミヤビは視線を逸した、完璧に騙せていたと思っていたのだろう。 「ミヤビくんだけならそれほど気にかからなかったかもしれない、だけどね、このメンバー全員の声に違和感があった。 性別は容貌や体格は化粧や服装でごまかせても、声は中々そうはいかない。 このメンバーの全員の実際の性別は…『逆』なんだ、そうだろう?」 三人は一度言葉を失う。 すると、 「僕も、バレてたんだ?」 もう隠す必要がないと感じたのか、アキラが可愛らしい声で言い放つ。 「あぁ、だが声だけでは確証にならない、 俺はこれで初めて確信したよ…」 テーブルの上に俺は「あるもの」を置いた。 「死体には触れてないが被害者の荷物を失敬した。 左がカエデちゃんの、そして右がマコトくんの持ち物だ!」 「左は電気シェーバー…と、右は…薬……あっ!」 大人の女性の声でセツナが話す。 そして何か気付いたようだ。 「女の子のカエデちゃんが電気シェーバーなんて旅行に持ってくるはずがない。 そしてこの薬…、セツナさん…『女性』の貴女には気付いたようですね。」 「ピル…ですよね。」 「そうです、パッケージではわかりづらいが俺はたまたま仕事柄これが何の薬なのか知っていた。 ピルには避妊の役割の他、女性の生理を軽くする作用がある。パートナーの避妊のためと思われるかもしれないが一時的な服用で効果があるのはアフターピルの方で、通常のピルは常用が必須。 いずれにせよ男であるはずのマコトくんがこんなものを持ち歩くはずはないんだ。 そこで俺は確信した。このメンバーは……全員が性同一性障害なのではないか、と。」 しばしの沈黙のあと、また俺は続けた。 「カエデちゃん…カエデくんは、ミヤビくんとセツナさんのことを『令嬢と執事』と言っていた。あなた方の見た目がそのまますぎて、俺は見たままの身分であることを寸分も疑わなかった。 だから最初、ダイイングメッセージに気付いた時にセツナさんが犯人だと思っていたんだ。 しかし、このメンバーの特質を考えると、…全てが逆だと確信したよ。 セツナさんが令嬢、そして、ミヤビくんが執事だったんだ。」 ミヤビは、ふぅ…と溜息をつくと、何もかもどうでも良くなったかのように嘯いた。 「タカシさん、さすがだよ…だが一つ間違えてるのは…俺は性に違和感など持ったことはない。 それに、セツナお嬢様はずっと俺のお嬢様だ。」 「ミヤビ…もうやめましょう… 私は『このままでいい』…そう思っていました。そして、これからも…」 セツナの目に涙が浮かぶ。 そして車椅子のミヤビに縋り付き、さめざめと泣き出した。 アキラはそんな二人をよそに、拳を握りしめてぐっと唇を噛んだ。 「ミヤビ…カエデを、カエデたちを何故殺したんだ! あんなに仲が良かったじゃないか!未だに僕は信じたくないよ…」 ミヤビはセツナの肩を抱きつつ、ふっと苦笑を零す。 「アキラはカエデのことが好きだったようだからね… いいよ、君には聞く権利がある。そう、全ては四年前のことだったよ…」 ✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼ 【第五章】はじまり 「あーもー夏休み終わってまうやん!マコト先輩宿題終わった?」 セミがジリジリと鳴く四年前の真夏の話。 男子中学生のカエデは、女子高生のマコトとコンビニの駐車場でアイスを食べていた。 「俺アホだからやる気ねーわ!カエデは受験生だろ?お前だけ頑張れよ」 「嫌やわ!大体、アタシは女子高行きたいねん…何で男子の制服着なならんの!トイレも男子用!世の中間違っとる!」 「だーから、間違っとるーのは俺たちの方なの!俺だってスカートなんか履きたくねーからいつも下にジャージ履いてら。……ん、おい、見ろよ」 「何や?うわ、高級車やん!」 向かいのおしゃれなレストランに高級車が停まっていた。 レストランの中から出てきたのは美しい女性だった。 少年に手を引かれ、幸せそうに車の中に入っていった。 「んー、んー…何だかなぁ」 「んー…ムカつくわー いかにも悩みなんてありませんーみたいな顔してんなや。 美女に生まれてかわいい服着て…かたや何でアタシは!!」 「なぁ、やるか?」 「何を?」 「当たり屋だよ! あいつらの車の前に飛び出してよ、カネ踏んだくってやろうぜ? 俺そのカネが欲しい… 性転換手術、どうしても受けてぇんだよ…!」 「ちょ…マコト先輩!」 高級車が駐車場から出ようとした時、二人の少年少女が立ちはだかった。 運転手は咄嗟のことにハンドルを切り、その先に… 「ぐっ…ぁああ!!!」 美女の手を引いていたあの少年が轢かれた。 足から血を流し、とんでもないことが起きたことを悟る。 「おい、カエデ…逃げるぞ!」 「う、うん…」 マコトはカエデの手を引き、その場を去った。 救急車の音がいつまでも鳴り響いていた。 ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏ 「カエデとマコトが当たり屋を…?!」 ミヤビが当時の状況を断片的に話し、アキラは目を見開いた。 「じゃあ、その事故で…ミヤビは…車椅子に…」 「あぁそうだ… 二人の少年少女が車の前に来たのは俺もハッキリ覚えてる。 その日は、お嬢様が俺と二人で出掛けたいと仰ってくれてね、運転はお嬢様がしてくださってたんだよ。 明らかに悪いのはあの二人なのに!!…お嬢様は、自分の起こした事故で俺の足を不自由にしてしまった、と罪の意識も消えずに…人生の全てを賭けて俺に尽してくれたんだ! 俺のせいで結婚も諦め…俺のせいで…! …幸い、大旦那様が事故を揉み消してくれたからお嬢様は法的な罪にはほとんど問われなかったよ… だけど逆に、新聞にも載らなかったことでアイツらは大したことがなかったと安心したんだろうね」 吐き捨てるように言いながら、ミヤビは更に続けた。 「顔は覚えてたからね、奴らを探すのにそう時間はかからなかったよ。 マコトは高校卒業後、いわゆる「ナベバー」という、女性が男性の格好をして接客するところで働いていた。 万が一のことを考えて、お嬢様が男装、俺が女装をしてそこに潜入した。当然、あの時の俺たちとは気づかれなかったよ。 そしてしばらく色々と世間話をしてるうちに… 驚いたよ…酒に酔ったマコトは、武勇伝のように当たり屋のことを客に話してたんだ。」 「なん…だと…」 俺はそれを聞き、自分が同じことをされても殺意がわくだろうなと思った。 「まぁ、自分には度胸があるとでもひけらかしたかったんだろうね… コイツにどうやって制裁を与えようか考えてた矢先……お嬢様が男の格好をしたままうっかり女性用のトイレに入ってしまったんだ。 だが、それが功を奏した… マコトはお嬢様を『仲間』だと思い、サークルの話を持ちかけたんだ…」 「それで、僕たちのところに…」 「そうだよアキラ、そして俺も性に違和感があるふりをして、サークルに入った。後はアキラが知ってる通り、サークルの中では「セツナお嬢様の趣向で俺が令嬢を演じている」という、奇妙なペアが出来上がったんだ。」 「僕たちはてっきりセツナさんの性認識と性的趣向で「そういう」仲で居たのかと思っていた。だけど、僕たちは元々「普通」とは違うから特に言及はしてなかった。」 「ふん、普通とは違うのは性認識だけじゃないだろう? サークルに入ったら運良くカエデまで釣れたが、アイツは事件のことなどすっかり忘れてあっけらかんと過ごしてやがった…どう考えても奴らは普通じゃないよ。 俺はその後の行動を決めるのにそう時間はかからなかった…」 俺は気の良いあの故人二人の闇を見たようで愕然とした。 「人は見かけによらない」をこの一日で何度経験したかわからない。 もう人間不信になりそうだ。 「俺はね、元々セツナお嬢様に捧げた命だから、俺の体がどうなろうと別に良かったんだよ。 だけど、そのせいでお嬢様の呪縛が解けないなら話は別だ… 愛する人が自分のせいで人生が台無しになる気持ちがわかるか?!だから、復讐した。 タカシさん、俺を警察に突き出すならそれでいい… やっと、セツナお嬢様が解放される…」 「ミヤビ!やめて!」 強い力でミヤビに縋り付くセツナ。 二人の姿が、自分に重なる。 愛する人が…自分のせいで… 間接的とはいえ、自分にも身に覚えがないわけではない。 そうか、だから真実が暴かれようと、ミヤビはどこか他人事だったんだ。 もう自分の人生を放棄したかったのだろう。 そんなことを考えていると、後ろからアキラに声をかけられた。 「タカシさん、ミヤビの言うことが本当なら僕はミヤビに同情する。だけど、僕を救ってくれたカエデが居たのもまた事実なんだよ…僕は…どうしたら…」 しかし、 この四人の心理的な錯綜など全く無意味なものになるまで あと5分もなかったのだ。 ✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼ 【第六章】あの日 俺はふと携帯電話に目をやった。 3月11日 14時46分 「その時」はやってきた。 地面が揺れる。 今まで経験したこともない揺れだ。 「?!!!!また、地震か?!っ、でかすぎる!!テーブルの下に伏せろ!!」 俺の一声で四人はテーブルの下に伏せるが、一向に地震が止まる気配はない。 次々に落ちては割れる食器類、ミシミシと鳴る床… そしてゴウゴウと鳴る…音 津波……… 2 0 1 1 年 3 月 1 1 日 1 4 時 4 6 分 東 日 本 大 震 災 死者行方不明者1万9000人を超える歴史的災害。 小さな島はあっという間に津波に飲まれた。 コテージも 死体も 性に悩む少女も 令嬢と執事の愛も そして、俺も…… ﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏﹏ 気づいたら俺は病院のベッドの上に居た 津波に飲まれたのは覚えている その後…確か… (ゴム…ボート) 流されたはずのゴムボートに掴まり、津波に何度も飲まれそうになりながら、ヘリに救助された。 手首には翠色のハンカチが結ばれていた。 (守ってくれたのか…?) ゴムボートが目の前に来た時、確かにアイツの声が聞こえた気がする。 「目が覚めましたか?」 ぼやけた目で看護師さんの姿を認識し、上体を起こそうとする。 あのメンバーはどうなったのか、そして事件の真相を警察に話さなければ…! 「あっ、まだ安静にしてください」 看護師さんに両肩を抑えられ、力の入らない俺はそのままベッドに沈んだ。 TVをつける。 どのチャンネルを回しても全く同じ内容だ。 ジシン ツナミ ゲンシロ …耳が痛い。 しかし、度重なる余震に心は安定せず、音を消して映像だけ見ていた。 死者一覧 の文字が目に入る。 安藤 楓(19歳 男性) 三嶋 真琴(21歳 女性) 牧谷 晶(20歳 女性) (……あの時のメンバーだろうな、災害関連死とされたのか、あの二人は…令嬢と執事はどうなったんだ…名前を見逃したか…?) (警察に話したところでどうなる…誰が信じる…証拠も何も流されたんだぞ…) 程なくして俺は退院となり、晴れぬ心を抑えつつも勤務先の薬局でいつも通りの日常を送ることとなった。 ✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼•┈┈┈┈•✼ 「…やはり、ない…」 俺が漂着したと思われる島は地図のどこにもなかった。 (全ては夢だった?いや、あれは確かに現実だった) カフェでコーヒーを啜っていると、カランカランとドアが開く音がした。 「いらっしゃいませ…何名様でしょうか?」 「二人です、車椅子の入る奥の席にお願いします」 「お嬢様、何飲みましょうか…」 「ふふふ、何にしましょう…」 確かに聞こえた、その声はーーーー END
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