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追う、ヨーコ ……5
その翌日、ネット購入者への発送作業を終えたアタシは、スマホでもって店の外観、店内、レコード棚のBのセクションから集めたブライアン・アダムスのアルバムやシングルなどを撮影するとメールへ添付して洋子さんへ送信した。が、なんかアタシらしくない行為のような気がしなくもなかった……。
4時間程して洋子さんから返信が届いた。そこには返信が遅れた理由、お詫び、再会の約束が記されていた……。
サキちゃんへ。返信遅れてごめんなさい。ちょっと、ディックとワチャワチャしちゃって。
それから写メありがとう! やっぱりレコードはサイズが良いよね? 安いプレーヤー売ってないかな? レックレス、LP欲しいな! 近々、ディックが研究の集大成にフィールドワーク(?)っていうのをやるんだって。心配だからアタシ強引に同伴するつもりなんだ。だから、それが終わり次第サキちゃんのお店行くから、まっててね!
文面を読んだアタシは、やっぱりアタシらしくない行為しちゃったなーと少々後悔した。こっちが浮かれているからって、相手方もそういう状況とは限らない。
とはいえ、ラストの呼び掛けにレスっておく必要はあろうかと……、〝了解!〟とだけ返信しておいた。すると、今度は数分後には返信が届いたのでビックリしたし、安心もしたし、それに吹き出しもした。
〝了解に了解!〟
アタシは内心で〝了解に了解に了解!〟って独りごつと、カウンターに散乱するレコード群から『レックレス』を取り上げて、ターン・テーブルへ載せ、針を下ろした……。
ザ、ザ、ザ……、1曲目が始まった。
〝ワン・ナイト・ラヴ・アフェアー〟
解放感と切なさの二律背反、スゲー好きな曲。ふと、そんな二律背反をアタシは洋子さんのなかにも感じていたような気がしたが、ブライアン・アダムスのハスキーな声がいやが上にもアタシの細胞をロックに染め上げていく快楽の只中で、そんな気持ちもまた上書きされていった……。
それから4日後、アタシはポータブル・プレーヤーで回り続けるLPを虚ろに見下ろしていた。アームが自動で戻る機能が壊れていて、針は演奏の終わったLPに未練がましくしがみついていた。
ザー、ザー、ザー……
ノイズはかえって虚ろなアタシには相応しいサントラのようだ。外は雷雨で、客足もサッパリだった。
それは、昨日リョウ兄さんが持ち込んだ8枚の買い取り品のクリーニングから値札付けまでを終わらせてしまったアタシが、そのなかの1枚を選んでプレーヤーに載せて、試しに聴いていた最中のことだった。
ブルブル震えるスマホを取り上げ、ルミ姉さんからのメールを開くと、〝明日、例によってリョウが、新入荷した2本のビデオを、試写するから、良かったら夕方顔を出して。もし、都合悪ければ晩に一緒に飲みましょ〟とあった。ついでに仕入れたビデオのタイトルも記載されていて、それぞれ『サンダー』、『怒りのサンダー・逆襲のバーニング・ファイア』のタイトルで、確かランボーのマカロニ版バッタもんだったはずだよなと思ったアタシは、それを確かめようとヤフーのトップページへ移って、検索窓へ〝サンダー 映画〟と打ち込みだしたその時だった。ニュース欄の上から二つ目の見出しが瞳へ飛び込んだのは……。
靖国前で 車両 爆発炎上
「へぇー……」
そう独りごちたアタシは、興味本位と店から歩いて30分程の近距離での出来事ということもあり、条件反射的にクリックし、読み、複数の配信元へあたり、それぞれを読み耽り、考え、スマホを取り上げ不通なのを確認し、そしてついにはとうとう絶句し、うち震えたのだった……。
もっとも、情報は錯綜しており、肝心なことは判然とはしていなかったが、以下の様なことが実際に起こったのは事実だった。
〝複数の目撃者によると、古びた青のフォルクスワーゲンが靖国通りから急ハンドルで靖国神社第一鳥居前に面した早稲田通りへ左折進入後に急ブレーキで停車。それから数分に渡って急発進、急停車を繰り返していた。その間に車内からは男女が争う大声が聞こえていたといい、特に女性の声は悲痛を帯びていたという。また、その言語は英語であるとみられている。
何度目かの急停車の後、運転席側の窓が下がって、そこには軍服のような出で立ちの外国人らしい初老の男が確認できた。男はその後何かを投げようとしているように見えたが、助手席の女性がそれを制しようと試み、二人は争っているように見えた。因みに女性は中年の日本人のように思えた。
そのうちに、一旦投げるのを諦めたかのように見えた男が、助手席の女を向いてどうも説得を試みている呈だったが、じきそれは無理だと判断したのか怒声を迸らせると女を殴り始め、女は泣きながら抗議の声をあげていた。尚、女の抗議は日本語混じりだったという。
「止めて! 止めて! もう帰ろう、お願い、ゴー・ホーム、プリーズ、プリーズ!」
そんな感じでしばらく抗議していたという。
やがて、不意に訪れた静寂に思わず我に返った目撃者のなかには、車へ近付き掛けた者もあったが、その途端再び男が何かを外へ向けて投げる仕草に入るや否や、女が運転席側へと上体を乗り出し、数十秒に渡って揉み合った果てに、ボンッという音がしたかと思うと閃光発煙が起こり、続け様に同様の音に光と煙が連続し、みるみるワーゲンは炎に包まれ、周囲には間もなく白煙に取って代わった黒煙が棚引きだし、ついには先程とは異なってなにやらピストルの発射音に酷似した乾いた音が断続的に発生した……。
そう言えば、最初の爆発からしばらくは女の悲鳴が漏れていたが、いつの間にかフェイドアウトしていたらしく、男のそれは一度も聞こえてこなかったという。
二人の遺体は損傷が激しく、現在までのところ身元は不明ながら、どちらかは車椅子を使用していた形跡があり、状況証拠からおそらく運転席にいた男性の物と思われている。車両がそれに合わせた仕様になっていたからで、そのあたりからじきに身元は判明するものと思われる……〟
すっかり暗さを増した店内だった。外の雨は激しさを増しているようで、ザーザーと地面に打ち付ける音が聞こえている。アタシは、変わらぬ姿勢で居眠りをしていたらしい。開いた両目は未だ回転しているL Pを捉えていて、そこからもザーザー音が立ち上がっている。内も外も、内憂外患のウォール・オブ・サウンド。
スタンドを点けようと手を伸ばしたアタシは、全身がガチガチに強ばっていることに気付いたが、なぜか伸びをしようという気にはなれなかった。
洋子さん……? 多分、いや絶対。
「クソっ!」
アタシに出来るのは悪態をつくことぐらいなのだ。
現実から目を背けたい……。敵前逃亡。
底無しの寄る辺なさ……。
何かに縋りたい……。何だっていい!
外の雨音だけが際立つなか、アタシが考えたのはノイズを立てている目の前のレコード。何が流れていたかすら思い出せないそれに縋ろうとしたアタシは、アームを摘まむと回転しているそれの頭へ針を下ろした……。
ッツ、ザーザー……。
雨音が遠退いた気がした。
と、A面の1曲目が流れ出すその直前に、それが何かを思い出した。イントロも無くいきなり歌と演奏が始まり、その調べは乾いた砂に降り注ぐ雨みたいにアタシの魂へと染み込んでいった。そして、染み込んでいったそれが、気付けば還流の果てに目頭がら涙になって放出された。曲が始まってから、こうなるまでは、アッという間だった。
アタシはその無垢な声とメロディに救われもし、また同時に責められている気がしてならなかった。今までこの曲に、そんな二面性があるなんて気付きもしなかったのに。それどころか、聴き続けるうちに責められっぱなしになりそうな気すらしてきた……。
でも、今はただ身動ぎしないで聴き続けるべきなんじゃないだろうか。
無垢を殺すのに手を貸してしまったアタシなのだから、それが当然の報いだ。
『ブライアン・ウィルソン』
彼のファースト・ソロ・アルバム。これまで何度も聴いてきたけど、アナログ盤で聴くのは初めてだった。それもまた、二面性でもってアタシを縛り付けてる理由だろうか?
アタシは両目を瞑った……。
すると瞼の裏に手先で揺れるチェック柄のショッピングバッグが浮かび、そこだけマーカーで縁取られたように鮮やかで、いつまでも揺れていた……。
続く
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