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追う、ヨーコ ……6
〝ラヴ・アンド・マーシー〟がいつの間にか良い感じでアタシの味方になっている。だから、洋子さんの右手から下がるショッピングバッグの揺れもまた心地好さが増している。右へ左へ、左へ右へと行ったり来たり素敵なリズムで弧を描く。眺めているだけで頬が緩み、幸せなバイブに包まれる。それこそ、加山雄三の台詞が口から飛び出そうなほどだ。
と、揺れ幅が狭まって、静かに止まった。あれっ、て思ったアタシは、少ししてから視線を上げた。ちょうど、洋子さんが振り返ろうとしている所だった……。
「!」
露になった洋子さんの顔は苦悶に満ちていた。その苦悶が頂点に達したのか、急激に腰を屈めると嘔吐した。が、口を大きく押し広げるように吐き出されたのは吐瀉物ではなく、食パン一斤のような形状で途切れなく続く真っ白なそれだった。蠢く無数の米状のそれらは皆ウジ虫……。アタシはあまりのおぞましさに目を逸らし掛けたが思い止まった。この事態はアタシのせいなのだから! そう自分に言い聞かせて……。
しかし、それにも限界があった。込み上げる嘔吐感……。アタシは急いで口を両手で塞ぎ耐える……。耐え難きを耐え! あー、ダメぇ! グァバゴボ、バギッ……、顎が外れたみたい……、真っ白に蠢く食パン一斤のそれがこれでもかという勢いで、アタシの足下へ放出され始めた……。アタシの下半身はアッという間に蠢くそれらで埋まっていく……。
顎が外れ、口内からは天突きから押し出される心太のようにウジが放出され続けているにも関わらず、アタシの喉からは有らん限りの叫びが迸った。俯いて、吐き、叫ぶアタシの足下がピカッと光った。蠢くウジの姿が群体として、くっきり判別できた。目を逸らそうと顔を上げた時に、またもピカッと光った。視線の先には真っ白な蝋人形がワナワナと震えていた。それは。自ら吐き出し続けたウジで埋まった洋子さんで震えているのはウジの蠢きなのだった。と、見る間に洋子さんの腹が膨れていっているのに気付いた。嫌な想像だけがアタシの頭のなかで暴走していく……。
かくいう、アタシも頭に心に身体をウジに乗っ取られているのだ……。
じっとしていちゃいけない、じっとしていちゃいけない!
アタシは都合の良い神様を招来して助けを求めようと天を仰ぎ、叫んだ!
ピカッ!
ジグザグに稲妻が走った。視線がその行き先を追った。と、そこはチェックのショッピングバッグ! 炸裂! 一瞬、スーッと空気が引いていくのを感じて、次に間髪入れずに目が眩むや、轟音を上げつつ爆発した!
「痛いッ!」
何も見えないアタシの耳に、そう洋子さんの断末魔が届くや、いやな爆風を伴って木っ端微塵になったウジ虫どもの欠片が蝋人形となりつつあるアタシの全体を襲った。
洋子さーん!
アタシはもはや声にならないそれを上げながらワイヤーワークよろしく後方へと吹っ飛ばされていった……。
「洋子さーん!」
そう叫んでアタシは目覚めた。A面を奏で終えた針がザーザーとノイズを発していた。傍らに転がる丸椅子、カウンターの裏の床で死に際のゴキブリみたいに仰向けていたアタシ。おまけにアタシは泣いていた……。まるで悪夢が現実を上書きするみたいに真っ暗な店内を稲妻が走り、ドドドーンと地響きが続き、ハッとした途端、振動で戻ったらしいアームが一瞬ノイズを立てた後にメロディを奏でだした。
続く
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