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つぅーと過ぎた。細く長い尾を引いて……。しずくのような、吐息のような……わずかに照らされた空間で呼吸している
「だからさ、夕凪が好きだったのは俺じゃなくて、穂多留でしょ」
微かに稜線に残った残照は、思いのほか地平をくっきりと浮き立たせていて胸の奥が痛んだ
ふるさとの水や木は私に親しみを感じてくれていた気がする
時計の秒針が動き始める
この丘の頂には、思い出が詰まっている
遠くに街の灯が見えた。列車がその間を縫うように走っている
「穂多留はもう、夕凪のこと諦められたのか?」
「僕? そんなのまだ無理でしょ」
「こんな月のない夜にさ、心地よい風が吹いてくるなんて思いもしなかったから、きっとコオロギが土の中から生まれたみたいになってお前のこと思い出してないよね」
「なんだか、難しいこと言うんだな」
私はそっと顔を上げた。丘の頂の風化した砂岩の上に2人の少年が腰掛けて会話している
私は、2人の会話に栞を挟もうとしている
「お前には悪いけど、俺も夕凪のこと好きだったんだよね」
……私も香津斗のこと好きだった……
「そうなの?」
「だってあいつ、髪留めに俺がプレゼントした星形の使ってくれて。『使ってくれてるんだ』って喜んで言ったらその場で外しちゃうし。よく分かんないところあったけど、そういうのって記憶に残るんだよね。人間てさ、何気なくしたしぐさが相手の心の奥底に忘れられないような痕跡を残すんだなって……ふとそんなこと思ったけど、そういうの信じたい」
……みんなの前で言うんだもん。恥ずかしいよ……
「僕も信じたいけど。っていうか信じてるかもしれないけど。一度あいつと夏休みに学校のプールに忍び込んだことあったじゃん。水面がきらきらしてて、デッキブラシで波紋作って遊んでたんだけど、あのとき、夕凪がイヤリング落としてさ、潜って取ってきたの僕なんよ。お前、飛び込まなかったじゃん。僕は制服着たなりだったから、あのあと大変だったんだぞ。でも夕凪が喜んでくれて嬉しかったな」
……うん。あのときはありがとう……
「俺は、ここで3人でさ、ペルセウス座流星群見たときのことが一番心に残ってるな。俺たちは自分の願い事を打ち明けあったのにさ、夕凪だけは『人に話すと叶わなくなっちゃうから』って言って話さなかったよね。何、願ってたんだろうな……。でもあのとき夕凪と並んで座ってるの嬉しかったな」
……私も嬉しかったょ……
再び遠くの街の灯の間を縫うように列車が通り過ぎていく。あれは時の流れに似ているけれど、空に昇る煙のようにゆるやかで……
私の栞も、尽きそうになってきたので草陰から砂粒を弾いた。小さな砂礫が香津斗の脛に当たる
「あれ? 俺、虫に刺されたかな」
「虫? 何かの知らせか?」
「ばーか。そんなんじゃねぇよ」
つぅと、再び細い尾を引いて流星が降る
「今度のは短くて、3回言えなかったじゃねぇか」
「僕も言えなかったな」
「儚いな」
「そうだな」
「好きだったな。夕凪のこと。本当に好きだった」
「僕もだ」
「会いたいな。もう一度」
「僕もだ。本当に……」
……私も……
その言葉を最後に、ふいに蘇った私の魂の灯は消えた
……
了
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