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プロローグ
私立緑陵学園大学部は、3ヶ所のキャンパスに7学部を有している。経済、経営、文学、音楽の4学部の学生が通う緑陵キャンパスは、大学部の本部があり、他学部の学生が来る事も多いので、キャンパス内は常に賑わっている。
「いいところじゃないか」
緑陵キャンパスから5分程、ちょっとしたスーパーや文具店が立ち並ぶ住宅街の一角に立つ古いアパートの一室で、4人の学生が引越作業をしていた。
「家賃も良心的だしね」
部屋の主は村上龍太。この春から緑陵学園大学部音楽学部に入学する学生だ。
「龍太。荷物って、これしかないの?」
「家電品はこれからだって言っても、少ねえぞ?」
段ボール5個と布団、楽譜の束が3つしかない荷物に首を傾げたのは、同じく春から音楽学部に入学する笠原美衣と、篠木キャンパスにある教育学部に入学する北原友貴。龍太は肩をすくめると、棚を組み立てる手を止めた。
「ずっと寮生活だったからね。制服ばかりだったから服もないし、こんなもんだよ」
「お前等の荷物が多すぎなんだ」
玄関脇で床に座っていた神道飛鳥がため息を吐く。飛鳥も4月から音楽学部の学生だ。
この4人は緑陵学園初等部からのクラスメイトで、大学部入学を機に一人暮らしを始める龍太の引越をしているのだ。
「そうかなぁ」
「まあ、飛鳥も荷物は少なかったもんな」
昨日、一昨日と寮から出るのにお互いの荷造りや引越を手伝っていたので、荷物の量はわかっている。龍太は苦笑すると、棚の組み立てを再開した。
「でも、よかったよ。寮の古くなった家具とか家電品をもらえて。友貴のおかげだね」
「毎年やってる事なんだけどな」
4人で『White』というグループを組み、芸能事務所と契約して活動をしているとは言え、あまり軍資金のない龍太の為に、友貴は寮の要らない家具を優先的に回してもらうように根回ししたのだ。
「さて、後は家電か」
「うん。飛鳥と美衣は中で荷物を頼むね。疲れてたらベッドで寝てていいから」
「はーい」
アパートの間取りは1Kだ。4畳半くらいのキッチンの奥に6畳の和室。風呂とトイレも付いているので、かなり使い勝手がよい部屋だ。
飛鳥と美衣が和室に入っていく。龍太と友貴は外に出ると、冷蔵庫を見てため息を吐いた。
「重いぜ。また運ぶのか」
「1階だから、まだいいけどね」
龍太は2枚重ねた軍手を付けた。友貴が肩をすくめる。
「…もしかして、飛鳥の為か? 無理して学校の近くの1階に部屋探したの」
「そうだよ」
龍太は軽く頷くと、照れ臭そうに髪をかき上げた。
「飛鳥の家から大学までは遠いからね。疲れた時に休める場所が近くにあればいいと思って」
飛鳥は骨が弱く、骨を守る筋肉も育ちにくい体質の為、中等部や高等部の授業も休む事が多かった。そんな飛鳥が大学部の授業に耐えられるとは思えなかったので、龍太は大学の近くで一番安い家賃の部屋を探していたのだ。
冷蔵庫に肘をついた友貴が目を丸くする。
「なんでそこまで… 付き合ってるからか?」
「それもあるけど、病院の先生に宣言しちゃったからかな。飛鳥のフォローをするって。そっちの方が大きいかも」
「いつの間に…」
友貴は呆れ顔で首を横に振った。龍太は肩をすくめると、気合いを入れるように深呼吸をした。
「さあ、運んじゃおう。これが終われば、後は楽だから」
家電とは言っても、大きいものは冷蔵庫と洗濯機だけだ。友貴は頷くと腕まくりをした。
「よし、やろう。頼むから突き指するなよ」
「了解」
2人は呼吸を合わせて冷蔵庫を持ち上げた。
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