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4人が所属する芸能事務所は、緑陵キャンパスに近いビルの4階にある。そんなに大きくないフロアは所員が忙しなく歩き回っていて、活気がある。飛鳥と龍太はそんな様子を横目に見ながら、奥にある応接室に入った。ガラスのテーブルを囲う形で2人掛けのソファが4つ並んでいる。
「こんにちは」
「遅い!」
すでにソファに座っていた美衣が頬を膨らませる。その横で友貴が苦笑している。
「ごめんね」
龍太は軽く頭を下げると向かい側のソファに座った。飛鳥が無言で龍太の隣に座る。
「じゃ、揃った事だし、始めましょう。新しいシングルのコンセプト、決まった?」
4人を笑顔で見つめていた、マネージャーの谷本夏澄が口火を切った。勝気そうな目が印象的な、明るい女性だ。友貴が谷本の顔を見つめる。
「今までは柔らかいっていうか、優しいイメージの龍太の曲で作っていたんだけど、次は飛鳥の曲を使おうと思ってる」
「どんな風になるの?」
「簡単に言えば暗い。今までよりメッセージ性が強くなるんだ。はっきり言って180度変わるよ」
「そうだね。龍太と飛鳥って全然違うもん。得意の曲も正反対だし」
美衣が頷く。谷本は眉を顰めると口元に指を当てた。
「変にイメージ変えると人気下がるよ。せっかくこの間発売したアルバムも好評だったのに」
「人気下がったら契約を切ればいいだけだ。これだけ売れれば充分だろ」
飛鳥が言い放つ。事務所との契約書に『契約期間は売れなくなるまで』と明記させてあるのだ。谷本が唇を尖らせる。
「そうだけど、ここまで売れていると勿体ないもの」
「夏澄ちゃん、どうした? 顔顰めて」
応接室のドアが開き、もう1人のマネージャーの大原猛が入ってきた。大原は物腰が柔らかくて、4人の学校の大先輩でもある。
谷本が嫌そうに事情を説明する。大原は手にしていたお盆の上の飲み物を配ると、谷本の隣に座って笑顔を見せた。
「いいんじゃないかな」
「大原くん!」
谷本は目を丸くした。大原が深く頷く。
「この4人が作るんだ。また違う魅力がでるよ」
「違う魅力ね… 自信、ある?」
「ないよ」
美衣が即答する。谷本はバランスを崩して倒れそうになった。
「でも、出来る限りの事はしますよ」
美衣の言葉をフォローするように、龍太が慌てて続けた。大原は4人の顔を見回した。
「やる気だね。じゃ、所長に確認をとるよ」
「うん」
4人が笑顔で頷く。大原は席を立つと、内線電話を使い始めた。かなりの時間が経って、むせ返る様なタバコの匂いと共に大越孝章が入ってきた。大越は建物の中なのにサングラスをかけ、いかにも『業界人』と言う風体をしている。大越はサングラスを取ると谷本達の向かいのソファに座った。
「大原から話は聞いた。かなりのリスクはあるが価値はありそうだ。どれくらいで形になる?」
「曲は出来てるから、1ヶ月以内には」
友貴が挑むように大越を見つめる。
「よし。やってみよう」
「所長!」
谷本が目を剥いた。
「かなりの賭けですよ!」
「このままのイメージだけでは飽きられる可能性もある。違う面を見せるのもいいだろう」
「…そうですね」
谷本もとうとう頷いた。これで決定だ。美衣と友貴が手を打ち合わせる。
「それではスケジュールを立てよう」
大越がスケジュール表を取り出した。
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