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打合せが終わった後、4人は事務所の近くにある喫茶店で話していた。
事務所に行くと必ず寄るこの喫茶店は、中等部の時によく行った寮の近くの喫茶店と雰囲気がよく似ている為、4人のお気に入りなのだ。
「で、どの曲を使うの? 友貴」
龍太がコーヒーを手に取りながら尋ねた。カップを置いた友貴は手を組んだ。
「卒業直前に作ってた曲を使おうと思ってる」
「あの綺麗な曲?」
友貴の横に座っている美衣が、ミルフィーユを食べながら聞く。高等部の授業で作詞や作曲を学んだ為、飛鳥や龍太には何曲かストックがある。その中から友貴が選んで詞をつけているのだ。友貴は頷くと美衣の口元についた粉砂糖を拭った。
「子供みたいだな、美衣」
「ふーんだ」
美衣がむくれる。
「あの曲にどんな歌詞をつける気だ?」
龍太の横でアイスティーを飲んでいた飛鳥が、ストローを弾いた。飛鳥が卒業直前に作った曲は、ピアノの低音が印象的に響く、暗い曲である。
「歌に向いてるとは思えねえぞ」
「人生って明るいだけじゃないだろ? 辛い、暗い事もあるじゃないか。それを歌にしたかったんだ」
友貴は胸ポケットから手帳を取り出してテーブルに広げた。
「『時のいたずら』?」
龍太が首を傾げる。友貴は胸を張った。
「いいタイトルだと思わないか? 人生には何が起こるかわからない。実際に神様かなんかの悪戯で起きたとしか思えない事もあるだろ? 例えば俺と飛鳥みたいに」
美衣と龍太は驚いて友貴を見た。飛鳥は視線を落とす。
実は飛鳥と友貴は神道家の双子の兄妹だ。しかし、産婦人科でカルテを取り違えられた為、戸籍上は飛鳥が北原家から神道家に養女になったと記されているのだ。
「まるでマンガみたいな話だよな。でも事実だ。そんな事もあるって伝えたい。それでも前を向いて進んで行こうって伝えたいんだ」
「かっこいいねー」
ミルフィーユを食べ終えた美衣がミルクティーを飲みながら頷く。
「あの曲ならイメージぴったりだと思うな」
「飛鳥はどう思う?」
龍太が飛鳥を見る。飛鳥は視線を目の前にいる友貴に向ける。
「いい曲にしないと承知しない」
「もちろん」
友貴は真剣な表情で飛鳥を見つめる。飛鳥はふと目を細めた。
「なら、早速作ってもらわないとだな」
「わかってるよ」
友貴が手帳をしまう。飛鳥は息を吐くと立ち上がった。
「帰る」
「じゃあ、僕も帰るよ」
龍太が立ちあがる。友貴は立ち上がった飛鳥を見つめた。
「出来あがったら持っていくよ」
「ああ」
飛鳥は短く返事をすると店を出ていった。
「お邪魔虫は退散します」
龍太はからかう様に美衣に声をかけると、飛鳥と自分の分の代金を置いて飛鳥を追いかけていった。
「龍太ったら、最近妙に気をまわすよね」
美衣は龍太の背中を見つめながら呟いた。友貴が美衣の肩を叩く。
「昔からそうだったぞ。面と向かって言わなかっただけさ」
「そう?」
「そうだよ」
友貴は立ち上がると、今まで龍太がいた席に座り直した。近くを通ったウエイトレスにコーヒーのおかわりを頼んだ友貴がそっと美衣の頬に触れる。驚いて目を丸くする美衣に、友貴がからかうような笑みを浮かべた。
「こんなところに砂糖つけて、本当に子供だな」
「…べーっだ」
美衣は友貴に舌を出した。
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