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20
松田が閉じ込められると、あれだけ長かった廊下が通常の長さに戻った。階段を駆け下りて3階の部屋に駆け込み、鍵をかける。本当にこれが霊を寄せ付けない方法なのかは分からなかったが、それでも施錠しないと何か良からぬものが入ってくる恐怖は消えない。和室に戻った岸は斎藤の怒号に気圧されてしまった。
「なんで松田を置いていった!助かったかもしれないだろ!」
怒る斎藤の声に、久保田も怒った声で対抗していた。
「まだ死んだわけじゃないだろ、あそこで立ち止まったままじゃきっとダメだった。だから一旦ここに戻って松田を助けるんだよ、諦めたわけじゃないんだよ!」
荒い呼吸が部屋に響く。声を荒げていた2人がようやく落ち着きを取り戻し、隙を見て堀内が一言挟んだ。
「とにかく、松田を助け出すためにはあの着物の霊をどうにかしないといけない。」
「なぁ。あの女の子の霊が女将とかの、他の霊を操っているってことなのかな。」
「そうだと思う。」
咳払いをしてから言った久保田の言葉に、堀内が賛同する。部屋に静けさが訪れた。
夜が深くなっていく。月明かりが薄くなって、窓に黒い画用紙が張り付いているようだった。その奥で木々の揺れる音が聞こえて、どこか妙に切なくなった。張り詰めた静寂を裂いたのはただ1人残った女性陣だった。
「あの日本人形にそっくりだったよね。」
何気ない岸の一言は、全員が心のどこかで感じていたことである。同じ服装で顔の作りも似ている。唯一違うのは不潔か綺麗か、その差異のみだった。
「そろそろ、除霊しないとまずいかもね。」
全員の気力は削がれていた。松田を失って永遠に思えた廊下を駆け抜け、再びこの部屋に戻ってくる。それでも各々が自分自身を奮い立たせていた。
松田紗織に何度助けられたか、4人は数え切れていなかった。
久保田と斎藤が取っ組み合いの喧嘩をした時、斎藤と岸が口論に発展した時、5人の関係にヒビが入った時。それらを全て修復してくれたのは他でもない、松田だった。一見明るいように見えて人の弱さ、苦しみをすぐに分かってくれる。ぬるま湯のように柔らかく暖かな彼女の優しさは、幾度となく4人を救ってくれた。
「松田を助けないとな。」
まだ恩を返せていない、と付け加えようとしたところで久保田は息を飲んだ。今までの感謝など再会してきちんと、彼女に真っ直ぐ伝えればいい。再び日本人形を探そうと立ち上がった4人の視線の先に、あの人形があった。
「ひっ…」
短い悲鳴をあげる岸を背に、堀内が歩み寄る。玄関の扉を背に薄暗い照明を浴びた人形は、改めて見てもあの少女にそっくりだった。ビー玉のように主張する瞳、控えめな鼻の頭と唇。黒い着物を掌で包み、堀内が持ち上げた。
「準備を始めよう。」
こちらを振り向いて言った堀内の表情は見たことがないほど真剣で、それが他の3人の胸を真っ直ぐに叩いてくれた。
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