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目が覚めたのは深夜の3時過ぎだった。斎藤の目の前に毛布を被った松田が静かな寝息を立てて眠っている。 高校2年生の時だった。強豪だと言われている野球部で4番を守っていた斎藤は、練習試合に何度も顔を出してくれた松田紗織に恋をした。 きっかけこそ些細なもので、彼女が親身になって応援してくれた、大会の前にはミサンガやお守りをくれた、そんなものである。いつからか5人の中で彼女を自然と目で追うようになり、告白こそ出来なかったものの想いだけは胸の中で燻っていた。 当然の事ながら松田は彼氏を作り、数ヶ月程度で別れた。恋い焦がれた相手がいつの間にか愛を育んでそれが壊れる。何度か恋愛相談を受けていた斎藤はそれでもよかった。相手が自分ではない、それでも松田が幸せでいるならばそれでいい。だからこそ数時間前に1人で謎の怪音に向かっていた彼女が心配で堪らなかった。 何故男は一度恋した女性を心のどこかで引き摺り続けるのだろうか。もしかしたら今自分のことを好いているかもしれない、そんな子どものような希望をいつまでも持ち続けてしまうのだろう。きっと自分が結婚して子どもを産んでも松田を思い出せば胸が苦しくなる。そんな自分がおかしく思えて斎藤は目を瞑った。 ずずっ、ずずっ 彼女を思い浮かべ、心の中でいつまでも引き摺るような音が聞こえる。頭の中で鳴っているのではない。確かに部屋の向こうから鳴っていた。 (濡れている…?) 些細な水の音を含み、何かが廊下で引き摺られているようだった。何か長い物が尾を引いて進む。その正体が何なのかを理解できた時、斎藤は亀のように毛布の中に潜り込んだ。慌てて枕を抱えて包まる。少し硬い寝具に身を包んで斎藤は息を殺した。 (あの人形が戻ってきた。) 濡れて重くなったトイレットペーパーを引き摺り、廊下を歩いている。紛れもなくあの人形だ。何故歩いているのか、何故戻ってきたのか、疑問こそ消えないものの斎藤は見知らぬ神に祈った。 (頼む、皆には何もするな…やめろ…。) ずずっ、ずずっ、ずずっ、ずずっ 首を頻りに横に振った。あの音がより鮮明に、近くに聞こえたのだ。川に投げ捨てたはずの日本人形が今、確実にこの部屋の中にいる。そう思わざるを得ない程濡れた紙を引き摺る音が鮮明に聞こえているのだ。 ずずずずずずずずずずずずずずずずずずずずず 枕元にいる。それは火を見るよりも明らかだった。自分を川に投げ捨てた人間を探している。今頭を出せば殺されてしまうかもしれない。斎藤は枕の端を噛み締めて息すらも殺していた。
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