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堀内の携帯には新聞の記事のようなものが写し出されていた。やたらと細かな字が敷き詰められ、どこか古臭い絵も載っている。指を2本使ってそれを拡大させ、久保田は声を殺したまま読み上げた。 「1932年、埼玉県金草村において連続殺人事件が発生。被疑者緒方清美、14歳。緒方清美は、緒方家床下にて私宅監置中の精神病者だった。地下において私宅監置中であったが突如脱走し、被疑者の両親緒方源三、チエを殺害。そして近所に住む梵佐知子を包丁で殺害。その後村に住む住人を包丁で刺して回り、やがて自害したとみられている。」 淡々と読み上げたはいいものの、言葉の意味を全て理解しているわけではなかった。身を乗り出して岸が言う。 「座敷牢?って何?」 「明治時代から昭和中期頃、精神医療は治療よりも隔離又は監禁が望ましいとされていた。しかし当時は精神病院も不足していたから、私宅監置という制度が定められたんだよ。」 堀内の声はどこか落ち着いていた。時折深い呼吸を繰り返している。 「その、私宅監置っていうのはなんだよ。」 斎藤は壁に後頭部をつけてタバコに火をつけた。薄い紫煙が給湯室を満たす。 「行政庁の許可を得て、私宅に一室を設ける。そこに精神病者を監禁する。要は閉じ込めておくんだよ。それを内務省が管理するっていう頭のいかれた制度。江戸時代には座敷牢と呼称されていたんだ。」 「ひどい…。」 両手で口元を覆い、岸が呟く。堀内は自身の携帯を久保田に渡した。どうやら金草村で発生した事件の記事は、かなり小さいようだ。 「その記事に載ってる写真、見て。」 堀内の言う通りに目を通す。金草村の全体像を写したその光景は、初日にふと立ち寄ったあの人形だらけの村にそっくりだった。視線を反らすと、被害者の顔写真が並んでいる。梵佐知子は確かにこゆりの里の女将と瓜二つだった。さらに緒方清美の両親を見て3人は息を飲んだ。 「獺祭くれた、あの人じゃん…。」 初日の夜、食堂で気さくに話しかけてきた夫婦が写っていた。そして視線を動かして、全員の予想が的中する。廊下で5人を追いかけてきた、日本人形そっくりの少女。彼女の名前を知ると何故か切ない気持ちになった。 「それと、緒方清美の詳細を読んでみて。」 大鋸屑のような文字には、遺体となって発見された緒方清美の詳しい状況が書かれていた。 「頬は痩け肌には泥が付着して乾いており、伸びきった爪の中には固まった泥と血が残存している。虎百合が彩られた着物は裾や袖が千切れていた。」 記事の内容を読み上げて、久保田はふと疑問を抱いた。思わずそのまま口にする。 「虎百合って、あの霊が着てた着物の花?」 「そうだと思う。ちょっと。」 久保田の手から携帯を取り、画面に指を滑らせてから再び渡す。そこには花の詳細が映し出されている。堀内はもう既に覚えているのか、画面を見ずに言った。 「虎百合、別名チグリジア。」 赤い3枚の花弁が三角形を描くようで、中央には柘榴の断面図のように複雑な赤が灯っている。堀内の声が一段と低くなった。 「花言葉は、私を助けて、だ。さっきの言葉もそうだけど、この子は助けて欲しかったんだよ。あいつらのせい、私は全てを狂わされたって。」 虎は、こ、とも読める。この旅館は緒方清美が作り出した怨念によるものなのかもしれない。斎藤がタバコを咥えて言った。 「岸が撮った写真に写ってるってことはさ、地下にあるゲームセンターの近くにその檻があるってことか。」 全員が言葉に詰まる。それでも心の中に抱いていた思いは同じだった。この心霊現象が始まった元の場所に行かなければ意味がないのだ。 「行こう。」 久保田がゆっくりと立ち上がって、ふと呟く。言葉には熱と芯があった。 「松田も、緒方清美も、助け出そう。ここで動かないと俺たちは一生このままかもしれない。だからさ、生きて抜け出して、また5人で旅行に行かないか。」 胸の奥で火が灯ったようだった。それは果てしない絶望の前に輝く希望の炎で、全員の体を芯から温めてくれる。4人は恐怖に染まっていた表情をがらりと変えて立ち上がった。 人形の謎は消えないが、それでも立ち向かわなければならない。固めた決意が揺るがないように久保田はドアノブに手をかけた。
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