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地下にあるゲームセンターまでは、1階のロビーを抜けて右手の廊下を進み、大浴場へ続く短い廊下を曲がらずに向かうと小さな階段が続いている。既に日付は変わって泥のような闇が窓に張り付いていた。もうここは旅館ではない。一切の明かりがない廃墟のような1階を、4人は恐る恐る歩いていた。いつ誰が来てもいいようにと、久保田が先頭に立ち、岸、堀内、斎藤と続く。階段を降りて広々としたロビーを抜け、ゲームセンターへ続く廊下に入る。 ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり 何度か聞いた奇妙な音。しかし4人はもう恐れることはなかった。新聞の記事を読み、緒方清美が肌を掻いているのだと感じる。携帯のライトで道の先を照らし、しっかりと進んで行く。煌々と光り続けるライトのように、4人は恐怖よりも勇気が勝っていた。 短い階段を降りると、多くの筐体が並んでいた。何故か稼動したまま虹色の光に軽快なリズムを奏でる機械的な音楽が流れている。アンバランスな空間にようやく恐怖が戻ってきた。それを拭おうと、久保田は言った。 「岸、どこで撮った。」 「クレーンゲームの近く、あっちだよ。」 肩越しに岸の指先が伸びて、狭い廊下の先を指す。久保田は初日の夜を思い出した。タバコを吹かしていた時に岸が携帯を手に持って駆け寄ってきた時、どこか悲しく感じて下唇を噛み締めた。 筐体のせいで少し狭い隙間を縫うように、4人は一列になって進んでいた。岸が携帯を手に写真と照らし合わせて場所を探っていく。少しして彼女は言った。 「ここ。」 クレーンゲームの向かいで、壁が一部窪んでいる。不自然に空いた狭い空間の右手には非常口が設けられていたが、左手には奇妙な扉があった。 細い金属のバーには複数個の南京錠がかかって、チェーンが巻かれている。何故これほどまでに厳重な施錠をする扉の存在に気が付かなかったのか、少しだけ悔いたが仕方がない。全員が扉の前に集まった。 「これ、すごい複雑だな。」 無理やりチェーンを剥がそうとするが、何かに引っ掛かって解けない。4人は手当たり次第にチェーンと南京錠を引っ張って扉を開けようと格闘していた。 バチンッ 火花が走るような音が刹那に響き、4人を照らしていた眩い明かりが消えた。筐体から光が失くなって毛布のように闇がかかる。岸が悲鳴をあげたものの、それでもチェーンから手を離すことはなかった。 数秒の間隔をあけて再び明かりが灯る。何か余計なものが来ないようにふと視線を真横に向けた。 クレーンゲームのガラス張り、その中で無数の白い手がガラスを何度も叩いている。チェーンを引っ張りながら視線を反らせないでいると、筐体で狭くなった薄暗い隙間に人の顔がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。初日、5人を出迎えてくれた梵がこちらへ近付いてくる。その奥で獺祭を分けてくれた夫婦、緒方源三と緒方チエが立っている。さらには釣りをやり方を教えてくれた初老の男性、周囲にいた地域住民、この旅で出会った全ての他人がいた。 久保田の視線に気が付いたのか、岸がその方向を見て大きな悲鳴をあげた。無理もない、薄暗い隙間の向こうからこちらへ歩いてくる霊は皆鬼のような形相だったからだ。人の怒りという感情だけを顔の裏側に灯して、眉と目の先が歪に吊り上がっている。唇は毘沙門天のように著しく歪んでいた。 牢に続く扉をこじ開けようとしている4人を許せないのだろう。それでも解く動きを止めることはできなかった。 「もう少しだ、もう少しだぞ。」 ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり、ざり 扉の向こうで肌を掻く音が聞こえる。この扉1枚を隔てて2種類の霊がいるのだ。緒方清美を閉じ込めようとする村人たち、抜け出したい緒方清美。久保田は心の中で祈っていた。 (大丈夫だ、助けてやる。) 熱意が通じたかどうかは分からない。それでも久保田の呟いた言葉尻の後、突然緩みきったようにチェーンが解けたのだ。耳を裂くような音がして金属が床に落ちる。 「入れ、入れ!」 斎藤が声をかけ、4人は焦った様子でドアノブを下げて扉を開けた。
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