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細い階段だった。踊り場のような空いたスペースには木材が立て掛けられており、つんと湿気が香る。扉を閉めて久保田は息を飲んだ。 「うわ、なんだこれ…。」 目の前で閉じた扉には夥しい数の札が貼られていた。黒い扉の色が一切見えない、ベージュに黴た札には蛇のように畝る字が並んでいる。 「扉、向こうから開けられないようにしておこう。」 堀内の提案に賛成し、木材を斜めにかける。振り返って階段の向こうを見た。 踊り場はかろうじて豆電球に照らされていたが、その奥は一切の光景を遮断している。覗いた望遠鏡に黒い布をかけられているようで、堀内は慣れた様子で携帯を抜き、カメラのライトを起動させた。 一段一段をゆっくりと踏んでいく。いくら明かりがあるとはいえ、黒に微弱な光を射しているだけだった。足元だけが鮮明に見えるのみだ。木の板を踏みしめると、奇妙にしなる音が鳴った。 生唾を飲み込む音が鮮明に聞こえる。 誰かの荒い息遣いが耳に張り付く。 地下の冷えた空気が肌を撫でる。 ぎいと音が鳴り木の板が軋む。 目の前を泥の陽に闇が塞ぐ。 4人の鼓膜を静寂が刺す。 遠くの方で木々が鳴る。 その音すらより遠い。 前の闇が深くなる。 冷気が首を這う。 闇が深くなる。 木が軋む。 また生唾を飲む。階段が終わって、コンクリートを踏んだ。 かたんっ 何かが倒れるような音が鳴って、岸が悲鳴をあげた。 「ねぇ、助けて。」 暗闇の中、少女の声がする。言葉が細い。 「電気、点くんじゃないか。」 木の柱に手を当てて斎藤が言う。小さなスイッチに触れて、豆電球が4人を照らした。 地下室にある大きな木の檻を見ても、何故か驚くことはなかった。岸が撮った写真と同じように、木の柱の向こうで少女が膝を抱えて座っている。しかし妙だった。それは彼女の姿である。 髪は清流のようにさらりと伸びて艶やかで、黒い着物は高級品のようだった。真っ白な腕が両足を抱えて俯いていて、肩を震わせていた。 彼女の周りには木の人形が並んでいた。小さな達磨のようだが、1つ1つ形が違う。木の人形は表情のように彫られており、ある人形を見て久保田は確信した。梵に似た人形がこちらを見ている中で声をかけた。 「あなたが、緒方清美さんですか。」 俯いていた少女がゆっくりと顔を上げる。緒方清美は目を見張るほど美人だった。潤んだ大きい瞳にぽつんと置かれた鼻の頭。ぷっくりとした唇は微かに震えている。怯えた様子でこちらを見た。 「どうしたら俺たちはここから出られますか。」 藁にもすがる思いだった。彼女を助ければ自分たちも助かるのか、それすらも曖昧である。ただ緒方清美だけが唯一残された頼みの綱だった。 泥のようにゆっくりと時間が流れていく。全員が黙り込む空間の中で、緒方清美は恐る恐る口を開いた。 「私、本当は精神病者じゃないんです。」
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