27

1/1

135人が本棚に入れています
本棚に追加
/34ページ

27

檻の扉には先程よりも厳重に鍵がかかっており、倍以上の南京錠やチェーンがあった。4人でそれを手に取って引いてはを繰り返していく。複雑に絡み合った錠は錆びているにも関わらず不自然に固まっており、痺れを切らした斎藤が前から離れて鈍器のようなものを探していた。 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ 地下室とゲームセンターを隔てる黒い扉が爪のようなもので削られている、そんなような音だった。緒方清美は焦った様子で言う。 「梵たちです、私を解放しようとするあなた方を呪い殺そうとしています。」 久保田はよりチェーンを引き剥がす力を強くした。斎藤は鉄パイプのようなものを持って檻の前に戻ってきた。 「退いてくれ。」 3人が退いた空間を、鉄パイプが空を切って振り下ろされる。鈍い音が鳴って鉄パイプが跳ね返った。 「おそらく梵たちの怨念が硬くしているのだと思います。」 「どうにかなりませんか。このままじゃ開けられない。」 あまりにも硬いチェーンを引っ張りあげ、鉄パイプで弱くなっているであろう箇所を解そうと試みるが、びくともしない。 やがて扉を掻く音が、激しく扉を叩く音に変わった。 「手を出すな!」 「やめろ!」 「部外者が触れるな!」 それでも4人は錠を開けることをやめなかった。その執念が実を結んだのか、1本のチェーンがするりと解けた。金属音が重なってコンクリートに落ちる。それを岸が地下室の隅に放り投げ、緒方清美を閉じ込める警備が少しだけ緩くなった。 「いけるぞ、いけるぞ。」 斎藤がそう叫んで鉄パイプを振り上げる。再び錠を割るように叩きつけ、緩くなった隙を突く。繰り返しの作業に思えたが、梵たちがそれを許すはずがなかったのだ。 地下室には木材や小物などが置かれてある。それらが突然宙に浮き、放物線を描いて岸の側頭部に直撃した。低い音が鳴って岸がその場に蹲る。 「大丈夫か。」 こめかみの辺りを抑えながら岸はゆっくりと立ち上がった。ペンキを入れていたであろう金属の缶、短い木材、明かりをなくしたランタン、数十個にも及ぶ物が銃撃戦のように飛び交っていた。何度か全身に直撃したものの、全員がチェーンを引っ張る動きを止めない。岸は側頭部から血を垂らしながらも鉄の紐を握り締めていた。 「がっ、ああ…。」 突如斎藤が唸る。久保田は隣にいた彼を見て目を見開いた。白いシャツの腹部に血が滲んでいる。片手でそれを抑えていると、緒方清美が悲痛な声を上げた。 「おそらく、私が梵を刺した時の傷を怨念で付与したのだと思います。少し待っていてください。」 そう言うと緒方清美は目を瞑った。眉をひそめ、瞼の裏が蠢いているように見える。小さな唇が少しだけ動いて、彼女は何かを唱えていた。それが呪文なのかどうかは分からなかったが、緒方清美は怨念を飛ばしているのだろう。そう考えた時に久保田の大腿部に鋭い痛みが走った。 パンツの上が黒く滲み、出血していることが分かる。爪の先で神経を削られているような感覚が全身の力を崩していた。 「何、あれ…。」 息を切らしてチェーンを解いている岸がふと階段の向こうを見上げる。黒い扉の隙間から赤い靄のようなものが漏れて、扉を叩く音、錠を外す行為を阻止する声がより大きくなる。それは遠くから聞こえているのではなく、4人の耳元で聞こえていた。 「やめろ!手を出すな!」 女性の声だった。おそらく梵だろう。久保田は大腿部に宿る痛みに耐えながら怒りを覚えていた。全ては梵佐知子が元凶なのだ。梵さえいなければこんなことにはならなかった、緒方清美が約80年間も苦しむことはなかった。そう思うと久保田は自然と叫んでいた。 「黙れ、お前たちが訳の分からない理由で彼女を閉じ込めたせいだろう。自分が気に入らないなんてふざけた理由で人を監禁するお前も、自分の娘を売る緒方の親も、周りに流されて正義の面を被った他の村人も、全員クソだ。人を見た目だけで判断するお前たちが最も醜い見た目だってことに気が付かないのか。全員恥を知れよ!」 言葉の勢いに任せてチェーンを引っ張りあげる。その瞬間、長い間引っ掛かっていた錠が全て緩んだ。4人は筋肉を強張らせていたために勢いに負け、後方に吹き飛んだ。まるで誰かに胸元を押されたようで尻餅をつく。コンクリートに打ち付けられ、腰に鈍い痛みが走る。痛みに目を閉じていたが、堀内の言葉が薄暗い瞼の裏で聞こえた。 「おい、皆。」 恐る恐る目を開けると、そこには薄暗い木の檻があった。4人の足元にチェーンと南京錠が並び、扉がぎいと音を立てて揺れている。赤い靄も、扉を叩く音も、久保田たちを止めようとする声も聞こえない。周りには木材や缶が散乱しており、人の気配はどこにもなかった。 ヴヴヴヴ… どこからか蝿の羽音が聞こえる。思わず耳を塞いだ。また無数の蝿が襲ってくるかもしれない、そんな防衛本能だったが、やがて蝿の羽音は現実のものであると理解できた。 檻の真ん中には黒い着物が力無く置かれ、その周りを小さな蝿が数匹舞っている。小さな木の人形は全て倒れていた。 「終わったんだ…。」 岸は両手で口元を抑えながら泣いていた。数日間続いた呪いがようやく終息した。その事実が全員に重い疲労感を宿していた。 千鳥足のように立ち上がった4人は檻の前に立った。何気なく久保田は足元に転がった木の人形を手に取る。梵の表情が彫られている小さな木には爪で裂いたような傷が走っていた。斎藤は疲れたように言う。 「木の人形を彫って傷を付けるしか、やることがなかったんだろうな。」 その事実がひどく悲しく、4人は自然と両手を合わせていた。1932年に遺体となってこの世界から消えた緒方清美に目を瞑る。心の中で各々が彼女に言葉を遺したが、あえて誰も内容を聞かなかった。それでも全員が感謝の言葉を伝えていたということは、表情だけで分かったのだ。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

135人が本棚に入れています
本棚に追加