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青々しい緑が扇のように広がり、夏風に煽られながら純白のオデッセイが駆け抜ける。薄いグレーの山道をルビーのような太陽が焦がし、遠くに陽炎が昇っていた。助手席のシートに深く腰掛けながら久保田は言う。 「岸、ここら辺トイレ無いからな。」 「もう。同じタイミングで催すわけないじゃん。」 後部座席の真ん中、ショートパンツを履いた岸が言う。その隣で堀内が車窓に目をやって言った。 「ここで漏らすのはやめてよ。」 「それは私もごめんかも。」 ちょっとー、と言って堀内と松田の言葉に反抗する。斎藤はハンドルを切って道の先を見た。 「ここの側道だったよな。」 舗装された道の途中が刳り貫かれている。小さな側道にオデッセイの頭を滑らせて、木々のトンネルを走っていく。車内は冷凍庫のように冷えていた。 光の奥を抜けて金草村があった草木に辿り着いた。あれから5ヶ月が経過したが、この廃村は何も変わっていない。比較的低い草木に車を止めて、エンジンを切った斎藤が言った。 「皆、ちゃんと持ってるよな。」 もちろん、と声を揃えて他の4人は答える。頷きあって車から出ると太陽の熱が肌を焼いた。緒方家の前に辿り着く頃には玉のような汗が額に張り付いて顎の先へ滑り落ちていた。各々が白く細長い紙を手に持って土間に入る。 「やっぱり、誰も来てないんだね。」 少しだけ心配していたのは、誰かがここを荒らすということだった。しかし岸の言葉に皆がうんうんと頷いた。開け放たれた黒い扉の奥で薄暗い廊下が伸びている。ゆっくりと階段を降りて地下室に入った。電気のない闇に覆われた地下は心地が良いほど冷えている。土間に差し込んだ光のおかげで木の檻がすぐに見えた。 コンクリートが焦げ、黒いシミが全体に広がっている。黒い着物も、日本人形も、木の人形も全て漆のような塵の山を作り出していた。 「また、秋にも来ますから。」 久保田が優しくそう言って、全員が手に持っていた虎百合の花束を持ち上げた。 黒い塵の山に添え、両手を合わせて目を瞑る。5人は大人と子どもの狭間で想像を絶する苦しみを知った。その過去を焼き付けるように、二度と緒方清美を忘れないように、心の中で虎百合のもう一つの花言葉を呟いた。 あなたを誇りに思う。 階段の上から草の香りが吹く。人も、人形もいない村の中で久保田たちは、変わっていく季節の名残惜しさと優しさを感じていた。
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