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30分ほど村を巡った。相変わらず人は誰もおらず、生活音すら聞こえない。一軒家に平屋が立ち並んでいる。巨大な組織が人だけを攫ってしまったかのようだった。さらに不思議だったのは、動物の声すら聞こえないということである。鶏や犬の鳴き声もない。5人の足音だけがグレーの歩道に響いている。生命が全て消え、代役として人形が置かれているのだ。 「なんか、意外とつまんないな。」 そう何気なく言った久保田に、4人は静かに賛同した。斎藤は缶コーヒーを片手に続きを担う。 「家の中に入ったら面白そうだけど、さすがにな。」 「でもこんな様子だから何もないでしょ。」 堀内の言葉が全てだった。本当は住民がいるものの全員が家の中に隠れているとは思えない。妙に退屈になった久保田は視線の先にある建物を見て思わず声を漏らした。 「あれ、なんだっけ。村役場だっけ。」 3階建の白い箱は小さな窓ガラスを規則的に並べている。堀内はファインダーを覗いて言う。 「あそこなら入れるんじゃない。」 「えー、行くの。」 足取りを重くした松田が声を伸ばして言った。今もなお太陽光は青い画用紙のような空に張り付いて光を降らしている。額に汗が滲んだが、久保田は言った。 「あそこで最後にするから。剛、車持ってきて。」 軽い返事をして斎藤は群れから外れ、オデッセイに戻っていった。 少ししてオデッセイが4人を追い抜き、真っ直ぐ伸びた1本道の上を進んでいく。村役場の空いたスペースに停車したのを見て久保田たちは少し歩くスピードを上げた。 暖かな風だけが吹く。地面を這うようなエンジン音が途絶えて運転席から斎藤が降りた。どこか難しそうな表情を浮かべて建物を見上げる。 「やっぱり変だよ。あれ見て。」 ようやく追いついた4人は彼が指差す先を見た。扉の上にある小さなコンクリートの屋根。 「普通役場の名前あるだろ。ここの村がどういう名前の村なのか、どこにもない。」 確かに斎藤の言う通りである。ここに来て30分、未だに村の名前を知らない。思い付いたように携帯を抜いた久保田は画面を見て首を傾げた。 「圏外。ここ何ていう村なんだろう。」 確かオデッセイは先ほどまで埼玉県は秩父郡を走っていたはずだ。堀内がカメラを下ろして言う。 「ナビに名前載ってないの。」 「何も載ってない。というか道すらも表示されてないんだよ。」 しかし日本国内に名前のない村などいくらでも存在する。何故か特に気にすることもなく、5人は名前のない村役場に足を踏み入れた。
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