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特に荒らされた形跡もなく、本当に人間だけがこの村から取り除かれているようだった。受付の向こうで男女の蝋人形が立ち尽くしている。 「中も人形だらけなんだ…。」 黒いコンバースの底を鳴らして松田が言った。美術館を訪れた客のようにゆっくりと館内を流す。横に広い階段を上がって3階に到着した。いくつか部屋が分けられていて、無機質な廊下が伸びている。何故か一番奥の扉だけはしっかり開け放たれていた。 吸い込まれるかのように足を踏み入れる。そこは大勢の住民たちが集会を行っていたであろう和室があった。薄い緑色の畳表、黒にも近い畳縁が所狭しと並んでいる。部屋に入ると靴を脱ぐスペースがあったが、5人は履いたまま畳を踏んだ。その時だった。 「うわ、親玉がいたよ。」 そう言った堀内の視線の先に低い棚があった。その上で小さな日本人形がこちらを見て佇んでいる。岸の小さな悲鳴が上がった。 「確かに、これは親玉みたいだな。」 真っ白な頬に豆粒のような唇と鼻の頭、目はぱっちりとしていて黒い面積が多い。被せたような黒髪は一切の艶がなかった。どこを見ているのかも分からない虚無の表情。これを美しいと評価する者もいれば、恐ろしいと判断する者もいる。久保田は少し後退りながらも後者だった。しかし前者の松田が言った。 「着物、すごい綺麗。」 「そこかよ。注目すべきは顔だろう。」 黒い布に赤い百合のような花がプリントされており、より一層不気味な雰囲気を醸し出していた。30分間あれだけリアリティーに溢れた蝋人形を見てきたのだ。何故かこの日本人形が浮いて見えて、全員が口を閉ざしていた。 「なぁ、そろそろ行くか。」 斎藤の何気ない一言に全員が恐る恐る頷く。5人の中で最後に久保田が和室を後にしようとした時だった。 かたんっ 小さな木の板が落ちたような音が鳴る。爪先を小突かれたかのように躓いた久保田は畳に突っ伏した。腹の前面に軽い衝撃が走る。確かに何かに躓いたはずだった。確認するためにふと足元を見る。 「何やってんの。」 「いや、ちょっと…。」 バイト代を貯めて購入したエアフォースは純白で、目線の先には何も落ちていなかった。その代わりに棚の上で日本人形がバランスを崩して俯せになっている。ただそれだけだった。 「恭介、人形倒れてるじゃん。」 自分が躓いた衝撃で倒れたとでも言うのだろうか。うまく理解できずに立ち上がる。少し気味が悪くなった久保田は日本人形の体勢を直してやった。意外にも軽い木箱のような人形をしっかりと立たせる。 それから先を行く4人に追い付くまで、久保田は何に躓いたのかがまるで分からなかった。
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