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5人が宿泊する3階のフロアは客室が1つだけで、扉の向こうには大きな食堂があった。梵曰く朝と晩はここで他の宿泊客と共に飯を済ませるらしい。5人一部屋ということもあってか当旅館で最も部屋が広かった。中に上がるとロビーで嗅いだ木の匂いが強くなる。薄い緑色の畳が敷き詰められて窓際は白い障子に隠れていた。斎藤が荷物を置いて障子を開くと、木々の向こうに広がる大きな川が広がっていた。それを見て梵が言う。 「こゆり川では釣りが楽しめますよ。この時期だと岩魚が美味しいですね。近くには村もありますから、お蕎麦屋さん何かもあったりします。」 へぇーと声が重なった。昔なら川魚と聞いても気分は高揚しなかったが、何故か20歳という制限を越えると酒やタバコが解禁されて魅力的に思えてしまう。釣ったばかりの岩魚に塩をまぶして焼けばひどくうまいだろう。頬の裏がしっとりと濡れた。 やがて梵が部屋、旅館の設備等に関する説明をして去っていった。自宅かのように久保田は寝そべって言う。 「落ち着くわー。どうする、村行く?」 「そうね。じゃあお酒だけ冷やしておくね。」 備え付けの小さな冷蔵庫に歩み寄ってビニール袋から缶を抜いて並べていく。ゆったりとした時間に懐かしい匂い。思わずそのまま深い眠りに落ちてしまいそうだった。 それが不幸の始まりだとは、5人は誰も思わなかった。
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