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#1 question and answer
システィーナ礼拝堂に飾られているミケランジェロの「アダムの創造」
人類の起源を象徴する印象深い作品だ。
この絵には隠されたメッセージがあって、
ある部分は脳の解剖学的イラストがモチーフになっていると、
アメリカの神経解剖学の専門家が医学誌で説いていたのを聞いたことがある。
ミケランジェロは17歳の時に、教会墓地から得た死体を解剖する程、人体の構造について熱心に学んでいたようで、
その時にスケッチした脳の解剖図からインスピレーションを受けて、アダムの創造を描いたのかも知れないそうだ。
(脳か…)
徐ろに額の古傷を押さえながら、作品解説の展示を眺めていた。
館内に流れる有名なクラシック曲は、J.SバッハのG線上のアリア…
柔らかな音を脳いっぱいに満たして絵画を眺めていると、自然と気持ちが落ち着いてくる。
欠けてしまった何かを探すかのように、ゆっくりと美術館の中を歩いていた。
気分は旅人といったところかな…
休日ともあり子供から大人まで多くの人々が美術館に足を運んでいた、
というのも今日から美術館では新しい展示へと切り替わって、有名な絵画からインスパイアされた素人の作品を展示している。
影響を受けた有名な絵画と自作品を比べるなんて珍しいなと、通りがけに見かけて興味をそそられ寄り道をしていた。
ただ休日に本屋に行こうとしただけだったのだけど、一つ一つ観ていくと惹かれるものが多く、
この絵は、桜色に近い肌色
この絵は、青よりの緑色
そうやって絵画の色を感じながら、色彩感覚を研ぎ澄ませていた。
真剣に説明を読んでいると、
館内のスピーカーから耳触りの良い声が響く…
「本日はご来場、誠にありがとうございます。
13時より、新しい展示のエリアを開放致します…
階段を上り、2階のエレベーター前の扉から先が、新しい展示エリアとなります…
是非この機会に……」
放送を聞く限り、たまたま入った日だったけど、どうやら展示エリアが拡張される日だったようだ。
思いがけないラッキーは嬉しい。
丁度、1階にある最後の作品を見終わって13時…
混雑しているかもしれないけど、2階に上がってみよう。
今日はなんだか好奇心に突き動かされて、気持ちの赴くままに行動していた。
普段はあまりしないことだったけど、好きなものとなると、こうも気持ちがいいのか。
2階のエレベーター前の扉を潜ると、すぐさま目の前に大きな絵が現れた。
その瞬間、俺は思わず息を呑んだ。
「凄い…」
それは繊細で、それでいて高貴さを感じる建物の外観を描いたものだった。
建造物が好きな俺の興味を引くには十分なモチーフだったので、直ぐに絵に近付いてまじまじと眺めた。
とにかく一つ一つの描写が細かい…
一体何の絵に影響を受けたのだろう?
観れば観るほど興味が湧いてくる。
「あら? 青砥くん?」
聞き覚えのある声にハッとして振り向く。
「…京極先輩!」
そこには弓道部でお世話になっている、3年A組の京極ゆかり先輩がいた。
普段は制服や弓道着のイメージが強かったので、
私服になると、より落ち着きがあって大人っぽい印象を受けた。
「こんにちは、凄く真剣に観ていましたが…この絵が気になりますの?」
にっこりと笑みを向けながら俺に語りかける。
不意に声を掛けられた事に驚いたけど、いつもの京極先輩にホッとすると同時に、
挨拶がまだだった事に気づいて慌てて返答する。
「こんにちは! すみません、挨拶が遅れて…
2階の展示室に入った瞬間、あまりの印象強さに目を奪われてしまって、つい夢中に…
人物や風景を描いている人が多かったのに、建物をメインにしている絵は珍しくて」
「そうですか…」
先輩は絵をじっと見つめて話し出す。
「あまり詳しくは説明に書かなかったのだけど…
アテナイの学堂…
ラファエロ・サンティの代表作の一つからインスパイアされていますの」
(説明に書かなかった…?)
そう聞いてふと、展示の作者名を見ると、
そこには【京極ゆかり】と書かれていた。
「京極先輩が描いたんですか!?」
思わず声が大きくなってしまい、ハッと口を押さえる。
美術館ではじめて大きな声を出してしまった。
普段はそんなことしないのだけど、そのくらい驚きを隠せなかった。
3年生が描いた作品を観る機会なんて中々ないし…
それに、たまたまのタイミングで知り合いの人が描いた絵を観て、更に作者ご本人にも会うなんて…
(…京極先輩、こう言う感じの絵を描く方だったなんて少し意外だな)
そう思っていると、
「ふふ…よかったら2階の展示が観終わったら、詳しくお話し致しますわ」
小声で京極先輩が俺の耳元に囁く。
普段なら作品説明を読んで、自分の中でその絵がどう言うものか分析するくらいだったけど、
作者直々にお話を聞けるなんて、こんな機会は滅多にあるもんじゃない…
「本当ですか!? ありがとうございます。
それは是非聞かせてください…!」
また大きな声を出しそうだったのを必死で堪えて、今度はちゃんと小声で返事をした。
その後、二人で2階の展示をぐるりと巡る。
特にお互い会話をするわけではなく、
ただゆっくり観て周り、それぞれの時間を楽しんでいた。
展示を観ながらも、俺は先輩が描いた絵について考えていた。
( …あの絵、よくよく考えたら凄く違和感があるんだよな)
(普段観ている絵とは感じがかなり違う)
(何がそう思わせるんだろう…?)
ぼんやりと考えていたら、ふとこちらを向いた先輩と目が合う。
( ……え? …あれ?)
思わず強く瞬きをする。
( …なんで? おかしいな… )
「青砥くん? どうかなさいましたか?」
京極先輩の不思議そうな顔にハッと我に返る。
「い、いえ。何でもないです!
次に行きましょうか」
「…? ええ、そうね」
すごく変な顔をしていたと思うので、先輩に変に思われたかも知れない。
先輩には自分の体質の事は話してなかったから、気をつけないと。
( …でも、気のせいじゃ無さそうなんだよな)
先ほど感じた感覚を胸の奥にしまいながら、またゆっくりと歩き出す。
展示エリアを抜けると、美術館に隣接したお洒落なカフェが目にとまる。
時刻は14時過ぎになる頃だったからなのか、カフェには空席が目立っていた。
昼食も取らずに展示を観ていたので、先輩とカフェで軽く食事をする事にした。
「では、話しましょうか…あの絵について」
食事が終わり、手元にコーヒーだけが残ったところで本題に入る。
「はい!聞きたいです」
「そうね… 先ずはあの絵を観た感想を聞いてもいいかしら?」
突然の質問に、瞬時に心臓が早鐘を打つ。
感想自体はある程度まとまってはいたけど、自分でもこれを言っても良いものか正直迷っていた。
「えっと… そうですね…」
「…あら、何か迷われているようですわね?
ワタクシのことはお気になさらず、忌憚なく感想を言って頂いて構いませんのよ?」
そう言って、先輩は優しく微笑む。
こちらの迷いは見透かされていたようだ。
先輩の様子を伺う限り、先ほどの言葉に他意はないだろう。
数秒考えた後、俺はゆっくりと口を開いた。
「…わかりました。
少し変に思われるかも知れないのですが、感じたままを言っても良いですか?」
「もちろんですわ。聞かせてくださる?」
「ありがとうございます。
…先ず、あの絵の第一印象ですが、”無色透明”だと思いました」
「…無色透明」
「はい。描写は繊細でとても綺麗に色付けされているんですが、
それが逆に建物をより無機質にしている感じがして、
確かにそこにあるのに何故か存在していないような感覚でした。
建物自体は無機物ではありますが、普通であれば作り手の想いや、
木や石などの自然の材質から色を感じ取れるのに、それが無かったんです。
インスパイアされた”アテナイの学堂”って、人物がメインだったと思うんですが、
建物だけがひっそりと佇んていて人が描かれていないのも、そう思わせる要因なのかなと」
俺の言葉を聞いて、先輩はコーヒーを口に運んで黙っていた。
何か違う回答になっていただろうかと緊張が走る。
ゆっくりとカップを皿に戻して、先輩が口を開いた。
「良いところまで観えていますね…
仰る通り、アテナイの学堂と言うのはラファエロが空想で描いたものですし、
人物がメインになっていますものね…」
含みのある話し方に、最近読んでいる推理小説を思い出して少し楽しくなる。
あの絵には一体何が隠されているのか…
ダ・ヴィンチ・コードのように、絵に隠された秘密を辿るのだろうか。
「一つ質問してもよろしいかしら?」
「はい、何でしょう?」
何だか本当に探偵になった気分だ。
どんな質問がくるのかワクワクしながら先輩の言葉に耳を傾ける。
「先ほど、絵の第一印象は”無色透明”と仰っていましたが、
どうしてその表現を使ったのですか?
”色を感じ取れる”と言っていた事と何か関係があるのかしら?」
ワクワクしていた気持ちから一転、自分でも顔が強張るほどの緊張を感じた。
「…それは」
俺の強張った表情を見てなのか、先輩はすぐさま続けた。
「ごめんなさい、何か気に障る事を言ってしまったかしら…」
「いえ、そう言う訳ではないのですが…」
またしても迷いが出て、言い淀んでしまう。
隠している訳ではないけれど、昔の事もあり、自分の体質の事を話すタイミングや人は慎重に選ぶようにしていた。
「…何事にも話すタイミングや、話したい・話したくない人と言うのもありますから、
考えてしまうのも当然ですわ」
そう言って先輩は、再びゆっくりとコーヒーを口に運ぶ。
さっきもそうだったが、先輩には俺が考えている事が手に取るようにわかるようだった。
自分の考えをあまり口に出さない俺にとって、言葉に出して共感して貰えるのは何よりも有り難かった。
(先輩になら話しても良いかな…)
迷いを飲み込むように、自分もコーヒーを一口飲んでから話し始めた。
「…あの、京極先輩」
「何かしら?」
「…さっきの質問の回答ですが、それは俺が共感覚を持っているからなんです」
「共感覚…
確か、文字などに色がついて見えたりする感覚のことでしたわね」
「はい。俺の場合は人の性格や感情に色がついて見えるものなんですが、
絵画や建築物みたいに、人が作ったものにも色がついて見える場合があるんです」
「そうでしたの… とても素敵な感性をお持ちなんですのね」
先輩はそう言いながら俺に優しく微笑んでくれた。
その微笑みを見て、やっぱり京極先輩にも話して良かったなと、ほっと胸を撫で下ろした。
「ありがとうございます。
人によっては受け入れて貰えない場合もあるので、そう言って頂けて嬉しいです。
…普段、絵を観ている時は、絵その物の色もそうなんですが、
絵から作者の想いの色も感じ取ることが多いんです。
ただ、京極先輩が描かれた絵からはその想いの色が感じ取れなくて、
それが”無色透明”と表現した主な理由です」
「あとは…」
「他にも理由があるんですの?」
先輩の眼に、次第に好奇心と言う輝きが帯びてくるのがわかった。
「…俺自身、こう言う経験は初めてだったんですが、
さっき2階の展示を観ていて先輩と目が合った時に、偶然先輩の色が見えた…
と言うのも少し変なんですが、先輩自身の色も”無色透明”だったんです。
それを知った時に、絵のイメージも”無色透明”に固まりました」
人に色が付いて見えると言っておいて、あなたは”無色透明”です、なんて、
自分でも変なことを言っているなと思っていたら、
まるで悪戯好きの子どものように弾んだ声が聞こえてきた。
「まぁ、そうなんですのね! ワタクシが無色透明とは…
よく見ていらっしゃいますのね」
怪訝な顔をされるかも知れないと思っていたけど、
どうやら先輩自身も無色透明と言う表現がしっくりきているようだった。
先輩は少し嬉しそうにもう一度コーヒーを飲んでから、
徐ろに携帯で撮った自分の絵を俺に見せて話を続けた。
「この絵…一見すると建物がメインであるように見えますが、実はメインではありませんの。
…なので、”無色透明”と言うのはわかるような気がいたします…
ですが、ワタクシがこの絵のイメージを語るなら”白”と表現するのが正しいですわ」
( …建物がメインじゃない? )
( イメージが”白”って言うのも、どう言うことなんだろう… )
今度は自分の方に興味の泉が湧いてきたようだ。
いつもの癖で顎に手を当てながら、分析と推理を始める。
とにかく一度興味を持って考え出したら、答えを出すまで止まらなくなるのは些か問題かも知れない。
「ふふ。青砥くんは考える事がお好きなようですわね。
よろしければ、写真送っておきましょうか?
今日のところは正解は言わないでおきますわね。
ワタクシも青砥くんの推理の答えを聞きたいですし。
展示もあと2週間くらい続きますから、じっくり考えてみてくださいね」
「ありがとうございます!
俺、推理小説好きなので、探偵になったみたいで凄く楽しいです」
「まるでホームズとモリアーティのようで、ワタクシも楽しいですわ。
…そうですわ。展示の最終日に、あの絵の前で答え合わせをするのはどうかしら?
答えを聞いた後で観ると、また違った見方が出来るかも知れませんし」
「それは良いですね!
是非、そうしたいです」
「では、決まりですわね。
きっと青砥くんならこの絵の秘密を知れば、違う色が見えると思いますわ」
そう言って先輩はやや不敵な笑みを浮かべた。
その笑みがどことなくモリアーティの雰囲気を醸し出していて、
胸の奥に好奇心と闘争心が入り混じった、何とも言えない熱い感情が込み上げてきた。
「そうね…一つだけヒントを言っておこうかしら…
”トランプ”などで遊んでいたら、思いつくかもしれませんわね」
「 ”トランプ”…ですか?」
あの絵とは今のところ関連性はなさそうだけど、
何かキーワードと結び付ければ、答えが導き出せるのだろうか。
俺が”トランプ”から連想されるものを考え始めようとすると、
「あら、もうこんな時間でしたのね。
お話しに夢中でつい長居してしまいましたわ」
そう言われて腕時計で時間を確認すると、丁度17時半を回ったところだった。
ちょっとした買い物のつもりが、気付けば家を出てから随分と時間が経ってしまっていた。
「ほんとですね。
そろそろ行きましょうか」
二人でカフェを出て、駅までの道を歩いた。
ここでは絵についての話はせず、部活の話や先輩のバイト先の話をしていた。
先輩には悟られないように、会話から絵についての糸口を探すのが楽しくて、
駅までの時間がとても短く感じられた。
「では、俺はここで。
最終日が近くなったら、また連絡しますね」
「ええ、楽しみにしていますわ」
そう言って先輩と別れ、帰路についた。
(何だか今日は不思議な一日だったな…)
久々に感じる高揚感に眠りを邪魔されながらも、
次第にまぶたは重くなってくる。
隠された先には、どんな真実が待ち受けているのだろうか。
… …
翌日から俺は本格的に推理を始めた。
先ずはキーワードの洗い出しから。
・ヒントは”トランプ”
・京極先輩がイメージする色は”白”
・絵に描かれているもの:建物、木、花
・建物がメインという訳ではない
・影響を受けたのは”アテナイの学堂”
重要そうなキーワードはこのくらいだろうか。
次に、先輩から得た”トランプ”と”白”について、連想されるワードを出してみる。
【トランプから連想されるもの】
・数字
・ハート、ダイヤ、クローバー、スペード
・カード、札
・52
・赤と黒
・ポーカー
【”白”から連想されるもの】
・白旗
・雲
・白装束
・碁石
・オセロ
・モノクロ
・石灰
(よし、こんなところかな)
洗い出したキーワードと連想されるワードを基に、
京極先輩から送って貰った絵の写真を観ながら推理する。
パッと見てわかるのは、描かれている構図が建物の扉を中心に捉えているということだ。
それ以外にあるのは、木々や花々が建物を囲んでいるぐらいで、他には特に目に付く訳ではなかった。
(俺にとって、この絵のイメージカラーは”無色透明”なんだけど、
先輩にとってのイメージカラーは”白”…)
(絵全体の彩度は淡めだから、確かに白っぽい感じはあるけど、
どちらかと言うと灰色っぽい感じだしな…)
何度も画像を拡大/縮小しては、絵自体に隠されたヒントがないか探ってみる。
自分のイメージカラーが先行してしまう所為なのか、
先輩のイメージカラーと上手く結び付けられず、推理は難航を極めた。
「だめだ… 観れば観るほど解らない…」
そうぼやきながらベッドにゴロンと寝転がる。
考えないようにしようとすればする程、思考が渦になってぐるぐると頭の中を回るだけだった。
その時ふと、家にトランプがあったことを思い出した。
(…そう言えば、うちにトランプあったな)
何か解決の糸口が掴めるかも知れないと思い、実際にトランプに触れながら考えてみることにした。
(トランプとイメージ色の”白”自体には、あまり関連性は感じられないんだよな)
(俺が持ってるものは一般的なトランプだから、数字が描かれている方は白地だけど)
やっぱり、ただ単に眺めていても解らない。
このまま考えていても進展はなさそうだったので、
思考をリフレッシュする為に、後日トランプを学校に持って行った。
煮詰まった時は場所や時間を変えると、新しい閃きを得ることが多かったので、最近良くやる手法だ。
休み時間になり、何気なくトランプを広げていると、
すぐ側から快活な声が飛んできた。
「お! そーじろちゃんトランンプ持ってるじゃん!
何やる? ババ抜き?」
そう話しかけてくるのはサマー。
素早く広がっていたトランプを集めて、楽しそうに混ぜ始めた。
「いやいや、トランプなら神経衰弱じゃない?
誰が一番多く取れるか勝負しよっか!」
萌も意気揚々と話に加わる。
「神経衰弱か…」
俺は考え事をしながらだったので、独り言のように呟いた。
「いいねぇ〜、誰が1-C最強の神経衰弱王か決めますか!」
「なんかちょっと弱そうだな…」
そんな冗談を交えながら、俺たちは神経衰弱を始めた。
ゲームを進めていくと、不意に萌が疑問を投げかける。
「そう言えばさ、トランプってどっちが表でどっちが裏なんだろうな?」
「そりゃ、数字が描いてある方が表でしょ!」
「でも、神経衰弱とかだと数字の方を裏にしてるじゃん?
”裏返す”とも言うしさ。
宗次郎はどっちだと思う?」
「俺は…そうだな…」
(確かにトランプの裏表って考えたことなかったな…
萌の言う通り、数字の方が”裏”っていうのも分かるし、
サマーの言う数字の方が”表”って考えも分かる…)
(一体どっちが表で裏なんだ…?)
「も〜どっちが裏でも表でもいいじゃん!
裏の裏は表だし、表の裏は裏なんだからさ」
「なんだよそれ笑
まぁでも確かに、見方によっては裏でもあるし、表でもあるよな」
「そうそう!
要は思ったもん勝ちってことよ!」
(見方によっては裏でもあるし、表でもある…)
(思ったもん勝ち…)
「裏の裏は表、表の裏は裏…」
( …! もしかして!)
俺は咄嗟に携帯を取り出して、京極先輩の絵をじっと見つめた。
「なになに!? どうしたの、そーじろちゃん?」
「ビックリした! どうしたんだよ急に。
その絵に何かあるのか?」
二人が不思議そうに俺のことを見ているのも気にも留めず、
ただただ推理に集中する。
改めて絵を観ると、建物の扉にピントが合う。
良く観ると微妙な違和感を覚えた。
(この扉…少し開いてる…)
もう一度、今度は観る角度を少し変えてみる。
今までは正面から撮られた絵ばかり観ていたけど、
先ほどのサマーの言葉を思い出し、他の角度から撮られた写真にも目を配る。
すると、これまでに気付かなかった新しい事実に気付いた。
(このキャンバスの側面、普通の張り方とちょっと違う…
何だか厚みもあるような…)
開いている扉
裏の裏は表、表の裏は裏
厚みのあるキャンバス
白
…
( …そうか!これなら辻褄が合うな…)
「はい!俺の勝ち〜」
「うわ!サマーいつの間に!?
マジか〜、俺ちょっと自信あったんだけどな」
「ふっふっふ。俺結構得意なんだよね〜。
あっ、そーじろちゃん終わった?」
気付いた時にはサマーの手元に殆どのカードが集まっていた。
しまった、推理に夢中で勝負していたことを忘れていた。
「凄いねサマー! 俺負けちゃったな」
「んん〜? なんか負けた割に嬉しそうだね?」
「ほんとだ。なんかいい事あった?」
「…うん!やっと出口に辿り着いたって感じかな?」
「ふーん。脱出成功って感じだ!」
「はは! うん、そんな感じ」
「なら良かった」
丁度その時、休み時間終了のチャイムが鳴る。
慌ててトランプを箱に戻し、また勝負しようぜ!と言いながら、二人は席に戻って行った。
俺はと言うと、謎が解けた嬉しさに、残りの授業はあまり集中出来なかった。
答え合わせをしたい気持ちばかりが先行して、終始ソワソワしてしまっていた。
先輩との約束の日は次の土曜日。
あの絵の真相を確かめるまで、どうやら眠れそうにないな。
…… ……
1年C組 青砥 宗次郎くん。
ワタクシと同じ弓道部の部員…
まだ入ったばかりですが部活に真面目に取り組み、
たくさんの方から支持を得ていますが、
時々遠くを眺めては、違う世界を見ているように感じていました。
カフェでお話をした限りでは、
色彩感覚が人とは違うようだったり、
敏感なところを見ると…
芸術的な才能がありそうですね。
ただ、本人がそういった方面に行くかどうかは自由ですが…
さて、今日は約束をしていた美術館展示の最終日。
彼は正解を言い当てることが出来るでしょうか…
出来るとワタクシは思っています。
そして、正解を知ってどんな表情をするのでしょう。
これは全て空想。ワタクシの世界。
受け入れられない人もいると思いますのよ。
…… ……
美術館ではインスパイア作品とは別に新しい展示エリアが増設されていたので、俺は京極先輩と一緒に作品を巡りながら、最終日の撤収時間まで時間を潰すことにした。
時刻は15時。
いよいよ答え合わせの時間が迫ってくる…
先輩の描いた作品の前に、二人で並んで立つ。
一瞬にして辺りを包む空気感が変わったように感じる。
ふう、と一息深呼吸をして、ゆっくりと口を開いた。
「…推理の答えを話してもいいですか?」
そう言うと、先輩がにっこりと笑みを浮かべて一度だけ頷く。
それを合図に、推理小説の探偵のように話し始めた。
「まず、京極先輩のヒント、”トランプ”についてですが、
はじめは考え過ぎてこの絵との関連性が見えてこなかったんですが、
あるきっかけで1つのキーワードが思い浮かびました」
「 … 」
先輩は特に何も答えず、じっと絵を見つめたまま、俺の話に耳を傾けていた。
その様子を横目に、落ち着いて話を続ける。
「そのキーワードとは、”表裏”
つまり、表と裏です」
「きっかけはトランプで神経衰弱をしている時でした。
一緒に遊んでいた一人が、”裏の裏は表、表の裏は裏”と言っていたのを受けて、
もう一度この絵を観てみたんです」
「すると、描かれている建物の扉が少し開いていることに気付きました。
一見すると影のようにも見えたんですが、その黒い部分を観ている内に、
建物の中はどうなっているんだろう、扉の先はどこに繋がっているんだろうと、
違う角度から絵を観てみたくなりました」
「先輩が送って下さった写真で、斜めの角度から撮られたものがありましたよね?
あの写真を観た時に、普通のキャンバスとは張り方が違うのと、
少し厚みがあることにも気付いて、それでこう思ったんです。
このキャンバスは両面張りになっているんじゃないかと」
「トランプの裏表、少し開いた正面扉、両面張りのキャンバス…
そして、イメージカラーの”白”
これらを結びつけると、この絵の裏側には白の裏、黒の絵があるのではないでしょうか」
黒の”絵”と曖昧に表現したのは、実際に何が描かれているか分からなかったからだ。
ただ、少し開いた扉の隙間の色に似た、黒色の何かが描かれているのは間違いないと思う。
自分の推理に少しの自信と、本当に合っているのか少しの不安を抱えていると、
先輩がゆっくりと拍手をした。
「正解です」
そう言って、先輩は嬉しそうな笑みをこぼした。
自分の推理が正しかったことに安堵して、自分も思わず顔がほころぶ。
「流石、青砥くんですわね。
見事な推理ですわ」
「ありがとうございます。
正解出来て安心しました」
先ずは第一関門クリアと言ったところだろうか。
俺の中ではここからが本番だ。
徐々に高鳴る胸の鼓動を抑えながら、意を決して先輩に交渉する。
「あの… もし良ければ、絵の裏側を見せて頂けませんか?」
「ええ、勿論ですわ」
そう言って先輩はゆっくりと絵に近付き、床へ下ろす。
俺も手伝おうと絵に近付く。
改めて額縁も間近で見ると特殊な作りになっていて、
一枚の板の窪みにキャンバスをはめ込み、その板ごとアクリルのケースで囲ってから、
額縁をはめ込むようになっている。
なるほど、これなら裏側の絵を傷付けることなく展示が出来るな。
先輩が慣れた手つきで額縁とケースを外し、ゆっくりとキャンバスを裏返した瞬間、
そこには表とは相反する真っ黒な闇が広がっていた。
( …これは…)
光の加減もあってか、自分の位置からは真っ黒に見えていたが、
位置を変えてもう少し近づいて観てみると、
暗闇に天井から一筋の光が入り、
その光の先には”奇麗な剣”が、端然と地面に突き刺さっていた。
何故、”綺麗”と表現しないのかと言えば、
何かが欠落しているような、気味の悪さを感じたからだった。
一瞬、ホラー映画のワンシーンを観ているようでゾッとした。
そう思うのは、きっと俺だけではないだろう。
無理もない、剣の周りには崩れた甲冑や石像がそこら中に散らばっていたり、
不気味なマネキンが山のように積み上がっているのだから…
でも、血が流れているとか、人が死んでいるとか…
そういった表現は一切なかった。
「奇麗、ですね…」
少し強張った言い方に、先輩は
「そうでもありませんわよ」
と、否定的な言葉を返した。
天井から差し込む一筋の光と剣だけであれば、純粋に”綺麗”と言えるのかも知れないが、
周りがごちゃごちゃしていて、中央の端然とした剣とはバランスが取れていないところが、
サイズの合わない服を着ているような滑稽さも感じられるので、
一概に”奇麗”とも言い難いのは少し分かるような気がした。
それに、どこか寂しさも感じる…
この絵を色で表すなら”鋼色”だろうか。
一筋の光が差し込んで、周囲がぼんやりと明るくなっている部分がしっかりと表現されているので、
空間の闇がただ単に真っ黒と言う訳ではない。
完全な闇ではないが、底の知れない奇しく鈍い色。
それがこの絵に対する俺のイメージカラーだった。
…これが、京極先輩なんだろうか?
鋼色というと、その名の通り金属の色だけど、
普段見る京極先輩の雰囲気からは想像も出来ない色だ。
( 表上は”無色透明”だけど、裏側は”鋼色”…)
その時ふと、弓を引く先輩の姿が思い浮かんた。
堂々と力強く、一片の迷いもない凛々しい姿は、
自身の中に1本の剣を携えているような、そんな精悍さがあった。
それに、先輩の言葉にはきちんと芯が通っているし、
そう言う部分を見ると、”鋼色”と言うのは理解できる気がした。
今回の絵に関しても”表裏の世界”。
他人には分からない何かを持っている人なのかも知れない。
「…ワタクシは、青砥くんが無色透明にみえますわ」
不意にそう言われて、瞬間的に心臓が早鐘を打つ。
昔からどういう訳か、自分自身の色は全く見えていない。
まるでそれを見透かされたようだった。
「無色透明…ですか…」
ちょっと困ったようにする俺に、思わぬ言葉が返ってくる。
「無色透明は素晴らしい色ですわ。
どこにでも溶け込み、全てを見透かして難題も困難も乗り切れると思います」
「そんな…俺は」
むしろ、色を持ってる人を羨ましいと感じる事が多かったので、複雑な気持ちになる…
「勿論、ずっと無色透明でいる必要はないでしょう。
人は日々進化するのですから…
きっと違う色も見えてくることが未来、あるかも知れませんし」
「ただ…」
絵を閉まいながら、先輩が悲しそうな顔で俺を見た。
「ワタクシのような色にはならない事を祈りますわ」
その言葉の意味は全くわからなかった。
突然拒絶をされたようにも感じる。
無色透明だからこそ、どんな色にもなれるだろう、ということから、
そういった言葉が出たのだろうか…
先輩の悲しげな顔に、俺は返す言葉が見つからなかった。
こんな時、気の利いた言葉を掛けてあげられない自分自身が情けない。
「…ごめんなさい。困らせてしまいましたわね」
そう言って先輩は悲しげな微笑みを浮かべた。
…先輩はいつもそうだ。
いつも先を見越して俺が返答しやすい言葉を掛けてくれる。
今、言葉を必要としているのは先輩の方なのに…
それは自分自身への悔しさなのか、それとも、これが怒りと言うものなのか、
自分の感情をカテゴライズ出来なかったけど、
ただ一つこれだけは言える。
「…京極先輩はとても素晴らしい才能をお持ちです。
こんなにも興味を惹かれる絵を描けるんですから。
誰にでも出来る事じゃなく、京極先輩だからこそ、出来る事だと思います」
「……」
「それに俺は、どんな色にでも良さはあると思っています。
ほら、絵の具でも一度として同じ色は作れないって言うじゃないですか?
もしかしたら似たような色にはなるかも知れないですが、
その色はその人だけの色なので、唯一無二なんですよ」
「…唯一無二」
「はい。なので、先輩は先輩の色を。
俺は俺の色を見つける。
それで良いんだと思います」
「…ってすみません。ちょっと生意気でしたね…」
「…ふふ。そんなことありませんわ。
そうですわね。
色があるのもないのも、それがその人自身であるなら、
それで良いのかも知れませんわね」
先輩は自分自身に言い聞かせるかのように、ゆっくりと言葉を繋いだ。
その言葉には先程のような悲しみはなく、どこか晴れやかな気持ちが感じられた。
「あの、もし良かったら、また先輩の絵を見せて貰えませんか?
他の絵にもどんな秘密が隠されているのか、推理させて欲しいです」
そう俺が言うと、いつもの笑顔に戻って、
「えぇ、勿論ですわ」
と、弾んだ声が返ってきた。
その笑顔と弾んだ声に、一瞬感じた壁のようなものはなくなっていた。
(自分なりの言葉だったけど、少しでも先輩の気持ちが楽になっていれば良いな)
『…何事にも話すタイミングや、話したい・話したくない人と言うのもありますから、
考えてしまうのも当然ですわ』
不意に以前、先輩とカフェで話していた時の会話を思い出した。
人は誰しも表の自分と裏の自分を持っている。
あの絵のように、きっと先輩の中にも表裏の世界が存在しているのだろう。
それはもちろん、俺自身の中にも。
お互いに表の色で”無色透明”を持つ者同士、先輩とは何処か似た様なものを感じるけれど、
それでもそれぞれに違いがあるのは、裏の色が違うのかも知れない。
(…俺も先輩みたく、自分の能力を誰かの為に使えるようになれるかな)
先輩は来年で卒業する。
それまでに何か学べるだろうか。
不安もありながら期待に胸を膨らませて、
高校はじめての夏休みが始まろうとしていた。
END
……
どうも皆様こんにちは、
京極ゆかりの中の人、
神条めばる でございます。笑
いつも春輝でしたが、
今回は「ゆかり」の初めての話をアップさせていただきましたーーー!!!
1人目の記念すべきコラボは宗次郎くん…
どんな話にしようかなって考え…なんかよく分かんないけどG線上のアリアを永遠に聴いていて浮かんできたシナリオでした。(シナリオが降ってきた?
ゆかりは未知な部分が多いミステリアスなイメージをつけたかったのもあって、
色彩感覚…共感覚が優れた宗次郎くん…
一緒にカフェや美術館巡りをするだけでは、
なんかしっくりこないなぁって個人的に悩んだ末に…いっその事 Q & A式にストーリーを進ませよう(作者が好きなだけ)
みたいになりました!!!
趣味に走っただけの産物!!!
今までのシキケンのイメージとはガラッと印象が変わるかなって思いました。
というか、、、
あの、あのね!?!?!!
聞いて欲しい…!!!!
なにがって今回1番驚いたのは宗次郎くんの中の人なんですよ。
やっぱり宗次郎くん自身が普段あまり喋ることが無かったので、シナリオはじめに私が作った時は、こんな宗次郎くん視点のボリュームは無かったです!!!!!!
私が書いたものに対して、しっかりと宗次郎くんの感情を乗せたものを綺麗に清書してくださって、、、、
さらに萌くんやサマーくんを登場する部分も書いてくださいました。。。
これは、、、!!!
丁寧な対応にも感動でしたが、
ゆかりもビックリです。( )
宗次郎くんに対する見方もシナリオによってかなり変わりました。
これは、かなりファンが増えるのでは!?!
ゆかりは宗次郎くんへの好感度がこの話によって、かなり高くなりましたよーーー笑
普通じゃない2人にとっての普通。
非日常的な中にある2人だけの世界。
似ているようで似ていない。
同じものを持っているようで、全く違う…
宗次郎くんとゆかりの関係性は…
まさに裏表だと感じてしまいました!
ライバルとかに近い感じがします。
そんなつもりで最初はシナリオを書いてませんでしたが…
非常ーーーに、考えさせられましたし、、、
実は、実はなんですが…
(宗次郎くんにも話していない)
絵に関する秘密が更に隠されています!!
トランプにも他の意味があったりなんかして…笑
それは、私が空想上に描いているので、
実物のイラストを描かないとわからないものだし描き終わったら宗次郎くんに更に問題を出してみようかな?
なんて…
ゆかりは、ワクワクしています。。。!!!
こんなに楽しい、
ゆかりさんが見れるなんて。。。
(中の人は驚いてる)
もちろん絵は、ゆかりを表していて、
これからのシナリオにも関わりがあります。
……
引き継ぎ、ゆかりの話は上がっていくので、
春輝とは又違ったシキケンストーリーを楽しんでもらえたら嬉しいです!
また次回をお楽しみに。
では◎
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