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22の時、俺は1人になった。 精神論ではない。実質的な話だ。 家族を、失った。 蔑むような冷たい風の中 灰色に淀んだ墓の前で両手を合わせる。 思えば怒涛の1週間だった。 元々幼くして母を亡くしていた俺は、兄弟も親戚も居らず、父と2人、この世にぽつんと取り残されていた。 けれど友達も近所の人も優しかった。 だから精神的に独りではなかったのが救いだった。 そうは言っても、家族はふたりぼっちだった。 父母兄弟と笑い合う友達が どこからか聞こえてくる家族の笑い声が 羨ましくないはずがなかった。 一方で満足もしていた。 俺にとっては父とふたりきりの毎日が当たり前だったから。 それでも脅えていた。 いずれは本当の1人になるということ。 毎日頭の片隅に不安の腫瘍のような塊が居座っていた。 一人この汚れた世界に残されることを恐れて止まなかった。 しかし恐れていた自体は突然やってきた。 その日父は、いつも仕事から帰ってくる時間になっても 長針が何度回っても帰ってくることは無かった。 父は、不運な事故で突然死んだ。 目の前が真っ暗になる いや真っ白だったかもしれない。 音を立てて崩れ落ちる何か 焦り 焦燥 唖然 恐怖 無力 いろんな感情が押し寄せて息が切れる。 何故か簡単な呼吸ができなくて 苦しくて仕方ないのに 涙は出なかった。 悲しくて悔しくて苦しくて仕方ないのに 無力だった。 どうしようもなかった。 もう22なんだ ひとりで全てやらなきゃいけない。 役所の人に頼って 友達の親に頼って 近所の人に頼って 大学の人に頼って 哀れみの目にも 同情の目にも 耐えながら 一心不乱に 無我夢中に 必死で 目の前のやるべきことに取り掛かった。 人生で最も濃い1週間だった。 なんとか葬式通夜を終え、疲れきった身体と心で 独り、墓の前に崩れていた。 俺には、もう何も無かった。 空っぽだった。 全てを失ったようなもので お先真っ暗どころか、盲目の中に断崖絶壁が足元まで迫っていた。 「なあ、堕ちてもいい?」 「そっちにいってもいい?」 記憶にない母にも、世話をかけた父にも 会いたくて堪らなかった。 心が負けそうだった。 でもきっと父は 頑張れと言っている気がして 見守ってくれている気がして ふわっと立ち上がり、静かな帰路へ向かった。 父の温もりがまだ残っている家へ。 匂い 声 蘇る 今も同じように居るようで 泣きたいのに けれど現実は俺に突き刺さってくる。 大学の学費はどうしようか 保険は 固定資産税は 生活費は とてもじゃないけれどバイト代だけではやっていけない。 就活だって目前だ。 ここで辞める訳にはいかない。 ひとり 一人 独り なんて無力なんだろう。 例えば一日に二言しか言葉を交わさない日があったとしても、父がただそこに居てくれるだけで 存在があるだけで どれだけ救われていたか 当たり前の幸せがあったか改めて思い知る。 何よりも大切なものを失った俺は もう思い残すことも無く、この世界に背を向けても良かった。 生きてる意味もなかった。 夕暮れ時 徐に、生前父が作業していた倉庫へ足を運んだ。 なにか、両親の元へ向かうのに丁度いい道具があるかもしれない だなんて頭のどこかで考えていた そんなこと、選ばない癖に。 ガシャンと鈍い金属の音を立てて倉庫のドアが開く。 埃っぽい匂いと木の匂いが鼻を突いてむせる。 父は建設会社に務めていた 事故当日も、家を建てていた。 倉庫には数多の木材と金属製の道具が散らばっていた。 一言で匠を感じる倉庫だった。 父親の大切な道具でまさか死ぬ訳にはいかない 父の思い出に埋もれて息苦しくて 踵を返そうとした時、工具棚の奥に暗幕を被った物体が目に止まった 物体は自分と同じくらいの大きさをしている それが何だか気になり、そっと暗幕を取り払うと、人間のような物体が現れた 否、それはほぼ人間だった。 「うわあああ」 比喩ではなく本当に心臓が止まりそうになるほど驚いて腰が抜け、尻もちをつく 冗談じゃなくてお化け屋敷かと疑う 俺を驚かすために作りこんだのかと そんなわけもなく、よく見れば物体は人造人間、アンドロイドだとわかった。 スイッチは入っていないようでアンドロイドは目を瞑っている。 女性のような顔立ちと体つきで 高い鼻と彫りの深い顔が特徴的だった 黒髪のボブヘアは手入れされたように艶が光っていた 容姿は父親の趣味だろうか それなら遺伝だ そんなことを考えてなんだか笑ってしまう 好みな顔であった それにしてもアンドロイドは本当に人間そっくりで、全身に人間味が宿っている 柔らかな見た目 流れる前髪の隙間から、なにか文字のようなものが見えて、その前髪を払う 『ROY』 薄い橙色でそう書かれていた 名前だろうか その文字に触れれば、人間より硬い肌が指に伝わる 「ロイ」 そう口に出した瞬間、おでこのROYの文字が青く光った。 「え」 少しの恐怖が襲いかかる アンドロイドだなんて、未だかつて見たことない 人間がAIと共存することが予測された世界と知っていても、受け入れ難いものがある。 アンドロイドはゆっくり目を開けて その黒くて大きな瞳でまっすぐ前を見つめた。 「うご…い…た」 どんな原理だろうか 電池か電気か 彼女の動きは滑らかで、人間そのものだった。 黒い瞳を俺のおでこら辺に向け 「こんにちは」 そう呟いた 再び驚かされる 声は人間のように透き通っていて、電子感は感じない 「こ、こんにちは…」 恐る恐る呟けば、彼女はにこりとぎこちなく笑って 「この日を待っていました」 そう嬉しそうに話すのだった。
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