第四十話 電話

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第四十話 電話

かくして、俺たちの追跡は失敗に終わった。森の中に消えた渡を探すものの、結局見つからず、焦燥感だけが募る。 「どうすんだこれ、ガチで人が消えたぞ。」 人が消えた、工藤の言葉通りだった。この森のことはよく知っているし、ここには抜け道などもない。またこんな辺鄙な森を抜けてもなにもないしそんな奇特な人間もいないだろう。 「幽霊なんじゃないかな、俺本当にそう思ってるよ。」 佐野がそう言うが、今回の件は明らかに人間離れした事象が起きている。 「怖いな、それか超能力者なんじゃね?テレポートできんのかもよ?」  何も根拠がない話ではない、上野の言う通りテレポートをしたかの如く瞬く間に渡は消えた。ふざけながらも皆が顔を見合わす。  それから俺が全員に見間違いでは無かったかを確認する。 「お前らも見たよな?渡が森に入るのを。」 「ああ、間違いない。ちゃんと確認したし、すぐに追いかけた。」 「そうだよ、俺が真っ先に気づいたもん。」 上野と工藤がそれぞれ見たものを見たままに説明をし、佐野は言葉はないがゆっくりと頷いた。これで渡が森に入りそのまま姿を消したことは明らかだ。 「まだ森の中にいるかもしれないよ?」 「うーんでもほとんど隠れられそうな場所は全部探したからなぁ。」  工藤がまだ森の中に渡が隠れているかもしれない可能性を提唱してきた為、一通り全て探した俺はすぐにその確率が低い事を指摘する。森の中は基本的に一本道、無理やりに木々の間を突っ切っていくことも出来なくはないが、そこまでしてこの森を通るメリットは無い。 「見間違いもあり得ないし、さらには隠れていることもないってことはどういう事だ?明日直接渡に聞くか?」 「そんなことしたら尾行がバレる、それは却下だ。」   またしても上野が渡にダイレクトにコンタクトを図ろうと発言した為、反対に慎重派の工藤がそれを控えるように提言する。  この秘密基地で遊んでいる事を伝えれば言い訳になるような気もしたが、渡という存在に恐怖すら感じていた俺は何も言えなかった。上野もそうか、と言って諦める。 「渡にこっちが尾行してんのバレてて、俺らが森に入ったのを確認してすぐ出てったんじゃない?入り口の木の影に隠れててさ。」 今度は上野が至極現実的な説を言うが、その可能性もどうやら限りなく低そうだ。もし俺たちが森の内部に入るのを見計らってすれ違うように森を出たとすれば、少し遅れてやってきた工藤と鉢合わせするだろう。 「ないだろ、それをやろうとすれば森から出ていくところを俺も見ているはずだし。」  思った通り、工藤が否定をする。完全犯罪では無いが、よほどの隙をつかない限り到底そのようなことはできない。 「だったらあいつは化物だ。化物化物、人間じゃねえよ。」 自らの説を真っ向から無かったかにするように、佐野がそう吐き捨てる。化物、確かに人間離れした今回の渡の行動を一言でまとめるとこれに尽きる。だがそれは俺にとってただの投げやりな妄言に感じてならない。 「やめろよ化物扱いは、仮にも同じクラスの生徒なんだからさ。もっと現実を見ろよ。」 「じゃあ永瀬はあいつが普通だと思ってんのか?いきなり森に入っていなくなる奴が俺には人間だとは思えねえ。」 「い、いやそれは…。」 佐野らしからぬ鋭い指摘に俺はたじろぐ。大女と渡が同一人物だと言ったりしていた俺だが、どうも化物扱いで片付けるのは気がひける。 「化物だか何だか知らんがやっぱり裏切り者がいるんじゃねえのかこん中に。渡に手引きしたんだろ?」 「お前まだこの後に及んでそんなこと言ってんのかよ、呆れるよほんと。」 「まぁまぁお前らも落ち着けよ、とりあえず一旦クールダウンしながら片桐待とうぜ。」  また工藤がありもしないでっち上げを語り始めたのに対し上野が応戦する。見兼ねた俺が仲裁するが、普段このような役割は片桐に任せきりなので俺では締りがない。一応リーダーではあるがこのグループが如何に片桐ありきで成り立っているかを痛感した。  ただ全員さっきの一件があってか疲弊しており、もうこれ以上口煩くあれこれ言い合う気力は残っていないようだった。 「はぁ〜そう言えば片桐今日も遅いな。」 しばらく間を置いてから、上野がそう呟く。 「いや、昨日よりよっぽど遅いぞ。なにやってんだ?俺らもそろそろ帰んなきゃ駄目だよ。」 そう続ける工藤だったが、限られた時間の中で話し合い及び渡の行方についても話したかったのであまり稲川に時間を取られるのは困る。 「もしかして大女に襲われてんじゃねえか?」 佐野が悪気はないとは言え洒落にならない発言をする。実際昨日の帰り道に襲われたことをこいつらに打ち明けていないため、そのようなことが言えるのだろう。 「まぁまぁ、でも遅いよな。1時間くらい待ってんぞ。誰か連絡するか?」 俺がそう皆に促すと工藤が答える。 「俺さっきから何回もメッセージ送ってるけどあいつ全然音沙汰ねえよ。」 「大女じゃなくて稲川に捕まってるんだろうな。まず間違いない。」 上野がそう言うと少し心が落ち着く。それが最も納得できる答えであり、今だけはそうであって欲しい。 「てかさ大女ってさ、都市伝説のひき子さんなんじゃね?」  と、唐突に笑っていった佐野の無邪気な笑顔に全員の視線が集まる。 「なんだよそのひき子さんってのは。」 上野が少し食い気味に尋ねる。 「知らねえのか、なんか子供引きずり回すからひき子さんらしいぞ。弟の漫画に載ってたんだよ。今思えばデカくて髪も長くて大女って感じなんだよなぁ。」 「大女は子供引きずり回したりはしないだろ…。市中引き回しじゃないんだからさ。」  先日大女についての珍説をこれでもかと挙げていた工藤もそれはないと思ったようで苦笑いでそう答える。 「てか、お前の弟小3じゃん。弟の漫画見てんのかよ。」 「うるせぇ別にいいだろうが。」 上野の嘲笑った様子に佐野が食ってかかるが俺もそこに引っ掛かった為、一緒になって佐野を揶揄う。 「そんなの都市伝説でしかないよ。いかにもお子様向けな怪談じゃんか。」 「いや絵で見たけどマジで大女ってこんな感じなんだろうなって絵だったんだって!」 「なら新しい都市伝説の誕生か?千葉県船橋市に現れた大女、第二のひき子さんか?ってな。」 工藤が鼻で笑うようにそう言うと今度は上野が真剣な表情になり、低い声で答える。 「お前ら、大女って想像以上にデカいぞ。そんなちゃっちい都市伝説じゃないくらいだったぞ、なぁ永瀬?」 実際に大女を目視した上野が、更にその大女に追いかけ回された俺に尋ねる。 「ああ、めちゃくちゃデカい。腕も脚もすげえ長いよ。」 あまり思い出したくは無かったが、わかりやすいイメージを伝えると工藤の顔がみるみる恐怖の色に変わる。 「そんな奴と戦わせようとすんなよ…。国家権力様に全て丸投げしとけばいいんだって。」  と工藤が言うので炭焼き小屋の中に妙なムードが蔓延する。実際、昨日の事もあってこんなバットでは太刀打ちできるか怪しいとは俺も感じているが、無いよりはマシの最低限の武器がこれだと自己暗示のように心の中で唱える。  その時だった。 「あ、電話だ。片桐からだ、なんだ急に。」 携帯電話に着信が入ったようで、慌てて工藤がその電話に出る。 「もしもし?お前なにしてんの?遅すぎだろ。」  聞き取り難い早口で工藤が電話口に捲し立てる。おそらく稲川に長時間拘束されていた言い訳を聞かされるのだろう。 全員何の気なしにその様子を見ているが、工藤の表情に次第に余裕がなくなり始める。 「えっ?なんて?えっ、お前冗談だろ。嘘だよな?」 「何で言ってるんだ?片桐は!」 工藤の焦り方が尋常では無かった為、俺が叫ぶ。 他のメンバーも固唾を飲み、同じように工藤に尋ねるが工藤は慌てふためくばかりだった。 「お前大丈夫なのかよ?おい?待て!」 そう工藤が怒鳴ったのを最後に片桐は電話を切ってしまったようで、携帯電話を机の上に投げ出す。片桐との通話はその間僅か1分程度であったが、それほど衝撃的だったのか、工藤が何度も大丈夫かと繰り返していた。 「ちょっと、なにがあったんだよ?片桐はなんて?」 上野が必死に工藤に話しかけるが、工藤は項垂れて絶望の面持ちで嘘だろ、と繰り返している。 「ちゃんと説明してくれ、全く片桐も工藤じゃなくて俺か上野に電話したほうがよかったんじゃないか。」 工藤では有事の際に上手く伝達できないとはっきりと分らされた。だが、俺たちの呼びかけにようやく工藤が応じ少しずつその口を開く。 「片桐、今病院にいてこれから警察に行くんだってよ。大女に襲われたって言ってんぞ。」 「えぇっ!?それまじか!?」 それを聞いた工藤以外の全員が同じ反応をする。 図らずとも佐野が言ったことが的中してしまったことに俺たちも驚きを隠せない。 「おいおい、大丈夫なのかよ。電話できるぐらいだから平気なんだろうけど襲われたって、どういうことだ?本当に大女の仕業なのか?」 「何処をやられたんだ?病院にいるのは怪我してるってことだろ?詳しくわからんのか?」 俺と上野が雪崩れ込むように大量の質問を工藤に投げかける。 「いや、もうただ本当に大女に襲われた、無事だけど今は病院にいてこれから警察に行くって事しかわかんないよ。あと、お前らすぐに帰れって言われた!」  なんてことだろう、これほど最悪な事態があるだろうか。とうとうメンバーに被害が出たことに俺たちは当然パニックになる。片桐の容態がわからない以上、憶測での会話が飛び交う。  炭焼き小屋の中が騒然とし、今すぐその場所を離れたほうがいいとはどう言うことかと議論が飛び交う。 「やっぱりあいつらは俺らを狙ってんのか?ここから離れた方がいいってどう言うことだよ?」  俺は口調を荒げて工藤に聞くが、工藤もさっきの短い電話では対してなにが起きたか理解できていないようだった。 「わからん!ただもう今日はお前らも帰れ、夜電話できたら話すからって言われたよ。なぁもう帰ろうよ、今すぐにさ。」  工藤が泣きそうな顔で俺たちに訴えかける。 だが片桐の方は割と軽症で済んだことが伺えたので、俺はまずこの場を離れることを先決する。 「うーん、そうだな。とりあえず片桐は一応無事なんだな。でもどうやって帰る?ダッシュで帰るか?」  俺は何とか冷静を装う。今は片桐が無事であったことが不幸中の幸いだった。しかしここからの帰路、俺たちまで襲われるわけにはいかないし命の保障はない。 「その場を離れろってのはいち早く帰宅しろってことだろ?てことは大女が逮捕されたりってわけじゃないみたいだな。どうやって帰るんだ?」  上野が核心をついたことを口走る。もし大女が逮捕されているのであれば、片桐はまずそれを伝えるであろう。だが短い通話の中で今すぐ帰宅しろと言うことはそう言うことなのだろう。大女はまだ逃走中か、もしくはこちらに向かっている。 「タクシーがあるじゃん。タクシーが。」 と佐野が言うと工藤がそれだ!と指を鳴らし少し明るい表情を見せる。 「タクシーなんてこの辺り走ってんの?まずお前らお金はあるのか?」 俺がそう尋ねると、上野が真剣な表情で答える。 「いや、今時タクシーなんて携帯でいくらでも呼べる!あとここからそれぞれの家までなら多分いっても2000円がいいとこだろ、なんとかするぞ。」 上野の言葉を聞くや否や皆机の上に有り金を投げつけるようにぶちまけた。  俺も財布の中から500円玉二枚を出す。中学生には痛い出費だが、背に腹は変えられないし今はこれが全財産なので仕方がない。工藤が二千円、上野が400円、佐野はゴミだらけの鞄の中から汚れた5円玉を取り出すと誇らしげにその中に並べた。 「おい佐野、ふざけてんのか。怒るぞ?」 一番多く有り金を出した工藤が真面目な顔でそういうが当の本人の佐野は全く動じない。 「出さないよりマシだろ、これしかねえんだよ。てかこれなら工藤の奢りだけでみんな帰れるぞ。」 「おっ、それいいな。じゃあ俺たちお金しまうから。」 「お前ら、ふざけてる場合じゃないだろ!とにかく早くタクシー呼んでくれ!後で全員きっちり割り勘だからな?」 この緊急事態に先立ってなんとか帰らなければと思ったのであろう、工藤は渋々ながら勢いよく金をしまえというジェスチャーをする。 「分かった!俺がこの辺のタクシー会社に電話してすぐ呼ぶからとにかく小屋出て大通りの方移動しよう!」 一刻も早くこの場を離れたかったのは全員の総意だった為、俺がそう叫ぶとすぐさま全員が荷物などをまとめ始める。俺もその間にタクシー会社を検索し、焦りの混じった呼吸を抑えながら震えた指でダイヤルを回す。早く出てくれと祈りながらコール音を聞いていると、すぐにタクシー会社に電話がつながった。 「もしもし?タクシーを一台お願いします。はい、えっと場所は…えーっと、はい、小室っていう信号のある交差点のところまで…。はい、ええそこで間違いないです。あ、五分ですね。分かりました。あ、名前は工藤でお願いします!ありがとうございます!」  しどろもどろながら思った以上にスムーズにタクシーを手配することができた為、一安心で俺は電話を切る。タクシー会社の受付のおばさんはまだ変声期途中の若い少年からの電話に少し戸惑いを見せたが、なんとか落ち着いて場所を伝えることができたのでちゃんと対応してくれた。 「良かった!五分で来るってさ、お前ら行くぞ!」 「おい永瀬、人の名前使いやがったな。」 「まぁいいじゃん、さぁ早く行こうぜ。」  咄嗟に工藤の名前を使ってしまったのは申し訳なかったが、完全に無意識だった。  工藤の名前で予約した時、佐野と上野は大笑いをしており一切の緊張感が解けたように感じたが、俺たちは今再び森からの逃走劇の最中にいたことを忘れてはいなかった。 それぞれ荷物を持ち、急いで小屋を飛び出す。タクシーを呼びつけた交差点までは1分足らずで到着した。  俺たち以外に人はいないが、車通りが多く安心感は倍増する。タクシーが迎えに来るまでの五分間、俺たちは互いを背にして四方を見回すような体制で大女からの襲撃に備えた。
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