第三話 邂逅

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第三話 邂逅

 全員が顔を見合わせる。誰もその表情に余裕はない。  「一応何の音か確認しに行かない?」  俺が口火を切る。自分でもなぜそんなことを言ったのか分からなかったが、先ほどの音の正体を確かめ、それが拍子抜けするものであって欲しいという気持ちがふと口から漏れてしまったのかもしれない。  「いや〜いいって本当に。」  メンバー随一の怖がりの工藤は当たり前のように拒否反応を示す。  「まぁ今の音は地元のおっさんがジョギングしてたとかそんなしょうもない音が正体だと思うよ。」  現実的な目線から片桐がそう言うや否や上野も頷く。   「俺もそんな気がしてきたわ。見に行ってみるか、夏休み最終日によく分からないまま終わるのもなんか後味悪いしさ、確かめに行くのはアリかもな。」  上野は元々好奇心旺盛でクラス1のお調子者であり、同時にクラス1タフな男としても呼び声が高かった。   「大女だったら生捕りにしちまおうぜ。」  「生捕りにされるのは絶対俺たちの方だろ。」  佐野と工藤やり取りに少し場が和む。皆が心のどこかで聞き間違いや思い過ごしだということにしたかったのだろう。  「でも大女を捕まえたらレジェンドだぜ?俺らヒーローになれるよ、そうすりゃ人気も内申点もうなぎ上りかもな。」  内申点という片桐の言葉にまた工藤が反応する。  「そんなうまく行くとは思えないけどなー。でもこの聖地を荒らすのは許せないよな。俺たちはカルボナリでありビジランテだもんな。」 「絶対内申点目当てじゃん。」 俺の指摘に工藤がバレたか、と言ったようなジェスチャーをする。先ほどの嫌なムードは怖いもの見たさとちっぽけな名声の前に薄れゆく。  冷静に考えると先ほど話した大女がタイミングよく本当に現れたというのは現実的ではなく、馬鹿馬鹿しい話である。  「一応見回りという形で森の奥のほうちょっとだけ見て、すぐ帰るか。」  ここは普段グループのリーダー、と言えば聞こえはいいが万能カードとして面倒事の矢面に立たされがちな俺の鶴の一声が功を奏した。  そうと決まればすぐにそれぞれの宿題などを片付け、蚊取り線香の火を消す。こんなドキドキしながら炭焼き小屋を出たことはこれまでなかった。全員の雰囲気が先ほどの不安よりも形容し難い高揚感に包まれていくのがわかった。  炭焼き小屋の外に出ると辺りは日没が訪れた後の夏の残り香が漂う。一同が一旦輪になり集まった。  「怪しい奴がいても大声出すなよ。特に工藤な。あとなんか起きたら速やかにその場を離れて通報しよう。」  「分かってるよ。」  危機管理能力の高い片桐がみんなの顔を見ながら注意を促す。工藤は目を逸らしがちにそう答えた。  「それっておすしってやつだろ。驚かない、隙を見せない、死なないだっけ?」 「バカ、違うよ。俺たちは、進み続ける、退かないだろ?」 「二人とも全然違うし、それは避難訓練だし、だいたいなんだよ進み続けるって。とりあえずちょっと見たらすぐ帰ろうな?」  佐野と上野が台無しにした注意喚起を工藤が呆れ顔で一瞥し、片桐と俺の方に顔を向ける。  「そうだな、森の奥の方を見てすぐ帰ろう。」 俺は何もない、という結果を心底期待していた。  「十中八九なにもなかったってのがオチだと思うけどなー。」 片桐も自分に言い聞かせるようにそう呟く。    それから炭焼き小屋の脇の道を俺たちは列になり進み始める。先頭に俺、その後に片桐、佐野、上野が続き、殿(しんがり)を工藤が務めるという形になった。  が、工藤は全員から我先に逃げるためだろう、そう言う奴から真っ先にやられるんだと非難されてしまっていた。    林の中の道を行く途中、古い祠がある。何を祀っている祠かはよく分からないが、俺たちは土地の守神か何かだろうと話していた。そして勝手に小屋を秘密基地にしている罪滅ぼしという意味合いが強いが、場所を借りているみかじめ料と言うことでメンバー全員で朽ちた祠の補修作業を前に一度行ったことがある。中学生の技術なんてたかが知れていたが、それでも元のボロボロ具合はマシになっていた。    その祠の真横を通りかかった時、俺は心の中で何が起きてもお守りください。と切に願った。他のメンバーはわからないが、祠の横を通りすぎるときは心なしか空気がピリついていたように感じた。  「もうちょいで御神木だな。」 片桐が小さな声で言う。御神木というのは、この道を進むと少し開けた場所がありそこのど真ん中に鎮座している大樹のことであり、またもや俺たちが勝手にそう読んでいるだけである為、実際には御神木かどうかはわからない。    「そうだね、ここ曲がればすぐだな。」 俺が御神木のある広場に続く道の曲がり角に差し掛かる。そこが林道の行き止まりでもあった。        「ちょっと待った、なんか聞こえるぞ。」 道を曲がろうとした時、何やら奇怪な音を耳にした俺は後続のメンバーをその場に静止させる。  ドスッ、ドスッという聞き覚えのない、それでいて耳障りの悪い音が森の広場の方からはっきりと響いている。  「なんだよ、この音。」 流石の佐野も困惑してしまっている。普段あまり物怖じない男だが、何かよくないことが起きているのを直感で感じ取っているようだ。  「さ、帰ろうか。てか帰ります。お疲れ様です。」  「逃げてんじゃねーよ。」  最後尾にいた工藤がそそくさと振り返り、その場から離れようとしたが上野がしっかりと工藤の服の裾を捕まえて離さない。  「まぁ待て、あんま騒ぐな。ゆっくり覗いてみよう。ゆっくりな?」  まだ鳴り止まない鈍い音の正体を確かめることが先決であると判断した片桐が小声で二人を諫める。  「じゃ、じゃあ俺からちょっと見てみるわ。」 かなり恐怖を感じたが、先頭にいた俺が一番に確かめないといけない。そして見に行こうと言い出した自分の責任が背中を押す。  「待て、俺も一緒に見る。何かあったらすぐ通報できるように携帯も出しておくわ。」 音の方を覗こうとしたが一歩手前で片桐が俺の肩を叩き、一度体制を立て直す。  「俺もみるわ。いっせいので見よう。ヤバい奴がいたら後ろの二人にジェスチャーで伝えるわ。」  男気溢れる上野も工藤の身体を離し俺の後ろまでくる。心強さが倍増したが、先ほどから鳴り続ける奇妙な音と心拍音がビートを刻むように重なり、嫌な汗が全身を巡る。  「OK、じゃあせいのでいくぞ、いっせーので。」 3人で息を揃え音を立てないよう、曲がり角から身を乗り出す。距離にして直線上15mほど先から響く音の正体。  夢であって欲しかった。  ドスッという鈍い音は御神木から発せられていた。しかし当然御神木自体がそのような音を立てているわけではなく、木の幹に縛り付けられた何かを金槌のようなもので殴り付ける音だった。  そしてそのような行為を行なっている者の正体。暗い林の中でもよく分かるほど長い黒髪の大柄な女、予想しうる最悪の事態がそこにはあった。二つの怪奇音の正体は例の通り魔事件を起こした張本人であると俺たち3人は九割九分確信した。  「なにやってんだあいつ…。」 俺の心の声が漏れる。女には聞こえていないようだが。  俺は一旦目を背け、女よりも二人の顔を確認する。あれほどすぐに通報すると言っていた片桐も、普段元気でお調子者の上野も、二人とも蝋人形のような無表情が顔に張り付き、体の方も完全に固まってしまっている。  「どうしたんだよ!?」 「なんの音??」 工藤と佐野がそのようなことを言っていたがその二人の方まで確認する余裕はない。    それからすぐ女が殴りつけているものが、クマか犬か分からないがなんらかのぬいぐるみであることに気がついた。  冗談のつもりだったのに。こんなことがあるのか、異常で最悪な人物との邂逅。心底後悔した。見にくるべきではなかった。  しかし俺は恐怖の光景とは裏腹にある種の冷静さを取り戻していた。女は一心不乱にぬいぐるみに鈍器を叩きつけ、訳のわからないことを時折喚いておりこちらにはまだ気付いていない。不幸中の幸いだった。  「片桐、通報。」 俺は片桐の方に目線をやり、短く単語だけを呟いた。  「あ、ああごめん。」 片桐が正気を取り戻したかのように自分の携帯電話を操作し始める。その瞬間だった。 ピロロロロロロロロロ 森の中で最も大きな音が響き渡る。セミの鳴き声より、女のハンマーの音より、大きな電子音が片桐の携帯電話から止めどなく流れた。 それとほぼ同時にのぞいていた俺たち3人が身を翻しきた道の方向に転がるように逃げ込む。女がこちらに気づいたかは分からない。  「やばい走れ逃げろ!!!!」 たとえ女に気づかれてもなりふり構わず叫ぶしかなかった。  
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