最期の予言

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 そう遠くない未来の話です。アンドラという一人の男が、大層すごい予言者であるとして世界中で有名になりました。  何でも彼はヒンドゥー教の秘術を体得したとかで、どんな未来も見通すことが出来るのでした。世界情勢の成り行きから、次期大統領の名前、それから次に流行る商品まで、彼に掛かればなんだって分かってしまうのです。  しかし、そんな人間離れした彼でも人の性には抗えないようで、102歳の誕生日を過ぎたある日、彼は病魔に倒れ、アメリカにある世界一の病院へ緊急搬送されました。  医者によれば、持って今日が限界だそう。とうとう人生の終わりを迎えた世紀の大予言者アンドラは、初めから分かっていたと言わんばかりの落ち着きぶりで、病院のベッドに横たわっておりました。  ――――ですが、人々は彼を安らかに死なせてはくれなそうでした。アンドラのベッドの周りでは、記者やら富豪やら政治家やらが、我先に彼から最後の予言をもらおうと、押し合いへし合いの大騒ぎをしております。 「アンドラさん!最後に私に何か一つ予言を!」 「いいや、彼ではなく私に予言をしてください!きっと全世界に発信して見せますから!」 「何を言うか!私の方が先にここに来たんだ!さあアンドレさん、私に予言をお願いします!」  ――――彼のもとには、いつもこういう類の人間ばかり集まってくるのでした。  もとより彼は大予言者ですから、人間の汚さなんて物は、予知夢の中にも(うつつ)の世にも見飽きております。しかし、人生の最後になってその汚さがこうも勢いを増まして目に入るものですから、さすがの彼も嫌気がさしたのでしょう。彼は溜息を吐いたきり、しばらくの内は何とも云わずに目を瞑っておりました。  ――――ですが、さすがの喧騒に耐えかねたのか、ある時彼はふと口を開きました。 「そんなに予言が聴きたいかね。」  彼の掠れた声に、人々は大げさに相槌を打ちます。 「じゃあ、死ぬ前に一つ教えてやろう。これは重大な予言だから、心して聞くんだぞ。」  これまた大げさな相槌を皆が打つと、彼は徐にこう言うのでした。 「あと五分で、世界が滅びる。」  ――――初めのうちは皆口を開けて呆然としていましたが、その言葉の意味を理解するや否や、病室は大パニックになりました。 「あと五分のうちに、地上には悪魔が溢れかえり、人類は皆核の炎に焼かれて死ぬだろう。」  こう言われるともう堪った物じゃありません。彼の予言は百発百中ですから、あと五分で間違いなく世界は滅びてしまいます。  このとんでもない特ダネを、記者達は瞬く間に報道し始めました。すると、一分もしないうちに情報は拡散され、今度は世界中がパニックになりました。『どうせ死ぬんだから』とヤケを起こした人々は、好き勝手に暴れ回り、暴力や略奪、破壊を振り撒き始めています。その狂気は、自分が死ぬことへの怒りなのか、積年の鬱憤の発散なのか、はたまた快楽を求めるが故の沙汰なのかは分かりませんが、いずれにしろ、彼らを止める者は誰一人として居ません。止める者があれば、容赦なく殺されてしまいます。ですから彼ら以外の人間は皆、泣き喚いたり右往左往しながら、見慣れた日常が蹂躙されて行く様をただただ眺めることしか出来ないのです。  そんな地獄のような光景を横目に、富豪たちは持ち前の船やら飛行機やらで、自分たちだけは何とか生き残ろうと逃げ始めました。ですが、何せ世界が滅びるのですから、地球上のどこに居たって死ぬことに変わりはありません。それでも彼らは愚かしいことに、船頭や操縦士の前にありったけの金を積んで、『とにかく安全なところへ逃げてくれ!』と急かすのでした。  しかし、世界がそんな混乱の様相を呈する中でも、政治家たちだけはまだ職務を放棄してはいませんでした。彼らは他国への攻撃の為に、軍に命令を下している真っ最中でした。と言いますのも、アンドラの予言によれば、これから数分のうちに核戦争が起こるのは間違いありません。ですから彼らは、何処からか攻撃される前に、怪しそうな敵対国を片っ端から滅ぼして、自分たちの国だけは守ろうと考えたのです。これはとても素晴らしい案でした。この作戦が成功すれば、もしかしたら未来を変えられるかもしれません。ただ唯一問題があるとすれば、『どこの国も同じような事を考えていた』という事ぐらいでしょうか。命令は瞬く間に全軍を駆け抜け、二分と経たない内に世界中の核ミサイル発射ボタンが押されました。  ――――さて、そんなこんなでミサイルが地球の空を飛び交い始めた頃、人生最後の予言を見事的中させた大予言者アンドラは、がらんとした病室のベッドの上で、静かにほくそ笑んでいました。 「ざまあみろ。」  それが、彼の最後の言葉でした。そう口走った後、彼は意識が急に遠のいていくのを感じ、苦しみの中に目を瞑りました――――  ……ですが、それからしばらく経っても、彼は死んだような気がしませんでした。そればかりか、先ほどまでと同じような喧騒が、再び聞こえてくるではありませんか。 「アンドラさん!最後に私に何か一つ予言を!」  目を開けると、そこには先ほどと同じ人だかりがありました。そこで彼はハッとします。そうです、今のは全て、彼が人生の最後に見た予知夢だったのです。  それと同時に彼は、何だか酷く馬鹿々々しいことをしたような気になりました――――何かが変わる訳でもないのに、どうしてあんな風に、他人に不幸を振り撒く必要があったのだろうかと。  いいえ、人を不幸にする必要なんてありませんでした。彼もまた、死を目前にして醜態をさらしていたあの薄汚い人間達と同様に、自分の心の中に巣くう悪魔に屈していたに過ぎなかったのです。 「そんなに予言が聴きたいかね。」  ふと漏れた彼の声に、人々は大げさに相槌を打ちました。 「じゃあ、死ぬ前に一つ教えてやろう。これは重大な予言だから、心して聞くんだぞ。」  これまた大げさな相槌を皆が打つと、彼は徐にこう言うのでした。 「私が予言をすると、お前たちは不幸になるだろう。」  それが彼の、本当に最後の予言でした。それきり彼は目を瞑って、今度こそ永遠の眠りについたのです。  ――――享年102歳。最後の最後まで予言を的中させたアンドラの死顔には、朗らかな笑みが浮かんでいるのでした。
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