復讐の刃

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 鼓動が聴こえる。  まるで体が暴れているようなそれは、ガウェインの内側から発せられるものだった。  普段は何気なく身に付けている甲冑も、駆けると途端に重く感じられる。しかしそれもやがて気にならなくなるほど、ガウェインの意識は前方に集中していた。  パイクを握る手に力が籠る。ガウェインの眼前に迫るのは、憎きデルーニ族である。家族と故郷を奪い、すべてを滅ぼした、“蛇と蝶の刺青を持つデルーニ”と同じ。それだけで、ガウェインの体には、どす黒い血が駆け巡る。  喊声と共に、デルーニ兵の顔が近くなる。甲冑に覆われてその全貌は判然としないが、二つの赤い瞳が鮮やかに煌いて見えた。 「殺せぇーっ‼」  まるで奈落の底から響くような不気味な声が響く。それはデルーニ兵の声に他ならない。自分に向けられるはっきりとした敵意と殺意を、ガウェインは肌で感じていた。それでも、足は止まらない。復讐の刃が、陽光に照らされて光りを放つ。  その距離九トール(一トール=九十センチ)ほどまで迫った時、ガウェインはパイクを振り上げた。後方から聴こえるベイオルフの声に合わせて、振り上げたパイクを思いきり振り下ろす。  パイクの穂先から伝わる、痺れるような衝撃。それはガウェインの手から腕へ、そして全身へ駆け巡っていく。 「続けて攻撃! 相手はデルーニだ、容赦するなよ‼」  喊声を打ち消すかのようなベイオルフの声が響く。その声に押されるようにして、前衛の傭兵たちがパイクの穂先を打ち下ろす。ガウェインもまた同じように、眼前のデルーニ兵にパイクを叩きつけた。  当然のことながら、デルーニ兵も攻撃されてばかりではない。ガウェインたちの持つパイクよりもやや短い、ロングスピアでパイクを撥ね除け、穂先を突き出してくる。  デルーニ族の身体能力は、基本的に人間族を上回る。それは魔族の血筋がデルーニ族に与えた力である。弾き返されるパイク。繰り出されるスピアの突き。それは一般的な傭兵には、熟練の早業に映る。  どちらも押し込むことが出来ず、一進一退の攻防が続く。だがいつまでも攻撃を続けられる訳ではない。突破口を作らなければ、勝機はないのである。  ヘイムダル傭兵団の前衛が、デルーニ兵にパイクを打ち込んだ後だった。戦場全体を揺るがすような雄叫びが、雷音のように轟いた。  ヘイムダル傭兵団、デルーニ兵が一瞬静止したその瞬間、パイク兵の脇を抜けて、ベイオルフとデュマリオが躍り出た。  ベイオルフとデュマリオの二人は、馬を巧みに操りながらデルーニ兵に突進し、手にした得物を振るう。  ベイオルフが馬上から炎塵(スヴァローグ)を振るうと、一人、二人とデルーニ兵が宙に舞い、後方に吹き飛ぶ。デュマリオが大シミターを振るって突撃すると、デルーニ兵の隊列が崩れる。デルーニ兵も迎撃しようとするが、卓越した馬術で駆け回る二人を捉えきれない。  その一瞬の間隙を、小隊を指揮するハレックは見逃さなかった。ハレックの合図を受けたガウェインは、肩の高さでパイクを構えて突進を開始した。  大地を蹴る。ガウェインは腹の底から雄叫びをあげて、デルーニ兵に一撃を見舞う。押し込まれて後退するデルーニ兵に対して、さらに前進していく。憎しみと怒りの籠ったその切っ先は、さらに鋭さを増しているように見える。  「押せ押せ! 敵を崩せ‼」  またもベイオルフの声が傭兵たちを鼓舞する。その間も、炎塵(スヴァローグ)でデルーニ兵を弾き飛ばす。デュマリオも涼やかな顔でデルーニ兵を蹴散らしていく。  完全に押し込めると思ったその時だった。ロングスピアを装備したデルーニ兵の後ろから、ツヴァイハンダーを持ったデルーニ兵が飛び出してきた。 「ジュピス神と、英霊ウォーゼン・デュール・ベルゼブール公、我らに力を‼」  まるで獣の咆哮のような吠え声を上げながら、デルーニ兵が突撃する。手にしたツヴァイハンダーを振り回し、ヘイムダル傭兵団のパイクを叩き折る。無防備になった傭兵の懐に入り込み、剣撃を打ち込む。  ガウェインの隣にいた傭兵が剣撃に打たれて倒れ込む。その上から、デルーニ兵の容赦のない追撃。甲冑の隙間を狙ったその一撃で、血飛沫と悲鳴があがる。  鼓動がガウェインの体を突き動かす。憎き相手を討てと耳元で囁く。体は自然と動いていた。  ガウェインは衝動と共に眼前のデルーニ兵に襲い掛かった。お互いに得物を打ち合う。よくよく見れば、肌に張りのある、若いデルーニであった。 「ぬう、いかん!」  ハレックが声をあげる。押し込んだものの、ツヴァイハンダーを装備したデルーニ兵に形勢をひっくり返された。すでにデルーニ兵の意気はヘイムダル傭兵団の前衛を圧倒している。いかにベイオルフとデュマリオがすぐれた武勇を発揮しても、この勢いの波は簡単には止められないだろう。  土煙。一陣の風が吹き、宙へ舞い上がる。  ヘイムダル傭兵団の両脇で馬蹄が響く。それは、ヘイムダル傭兵団団長、ゲッツが鍛え上げた自慢の騎馬隊だった。  ポールアクスを得物にする隊長のヒュバートを先頭に、デルーニ兵の側面に回り込む。その騎馬隊の中には、ランスロットの姿もあった。  間を置かずに騎馬隊が突っ込む。ヒュバートは馬上からポールアクスを振るい、デルーニ兵を斬り伏せる。さらにその後方から騎兵が突撃していく。  愛用の双刃剣(ダブル・ブレード・ソード)アロンダイトを手にしたランスロットも続く。馬上から引き摺り下ろそうとするデルーニ兵を突進で蹴散らす。群がる者をアロンダイトで斬り払う。時にはアロンダイトを分離して双剣に持ち替え、馬上で双剣を振るう離れ業を披露した。やがてランスロットはヒュバートと並んで先頭に立ち、デルーニの傭兵団の陣形を突き破った。  陣を真横に突き破られたデルーニ兵は、すでに混乱していた。指揮系統も上手く働いていない。その絶好の機会を、歴戦のゲッツが見逃すはずはない。総攻撃の合図と共に、ヘイムダル傭兵団が一気にデルーニの傭兵団を押し込んでいく。  味方の勢いを、ガウェインも感じ取っていた。眼前に立ちはだかる若いデルーニ兵は、後方の劣勢を知って怯んだ。その瞬間が、ガウェインにとっての好機となった。  右手で腰のブロードソード(八十センチから九十センチほどの両刃剣。幅広、厚重ね。戦場での副兵装として主流になっている)を抜いて、若いデルーニ兵の兜を跳ね飛ばした。続けてガウェインが突進すると、若いデルーニは柔らかい土に足をとられて、仰向けに倒れ込む。  荒い息をついたガウェインは、若いデルーニ兵と視線を交わす。憎悪と怒り。お互いの視線に込められた感情は、それしかない。自らの終わりを悟った若いデルーニ兵は、最期に絶叫していた。  ガウェインが若いデルーニ兵の喉元にブロードソードを突き立てる。鮮血が舞う。手に伝わる感触は、復讐の味。まだ見ぬ仇へ向けて、復讐の刃は研ぎ澄まされていく。  ガウェインが雄叫びをあげた。高く、高く響き渡り、天にも届かんばかりであった。  これは始まり。憎悪はさらに増していき、ガウェインの体を巡る黒き炎が、身を焦がすほどに熱を増していく。
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