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何せ、歳三は右を見ても左を見ても俗物ばかりだと諦観して事ある毎に虚しさを感じているのだから左之助が心配になるのは然もありなん。
而も歳三は組織に縛られ強者におべっかを言い、その捌け口として弱者を虐待する武士どもを白眼視して脱藩した人間嫌いで浪人になってから仕事をしようとしても自尊心が強いから物売りは絶対無理だし、ちまちました細々した作業が苦手だから傘張りとか羅宇直しとか竹細工とかやってみても上手くいかず到頭、盗みを働いたが、それもしくじって悪事千里を走るで噂が広まって今では浪人連中だけでなく一般庶民にまで蔑んだ目で見られるようになってしまった。
こんな有様だから歳三は江戸の場末にある裏長屋の一室を借りて所謂その日暮らしを余儀なくされ、自棄酒を毎晩のようにあおっていたが、生業を完全に失い、酒も金も尽き、利鎌の月が異様に光り冴えわたる晩のこと、自家で途方に暮れていると、左之助の訪問を受けた。
「よう、ご同輩、相変わらず乙に澄ましてやがんな!」
「そんな風に見えるかい?」
「見える筈のものではない。正しく師走坊主師走浪人。但し貧乏神だけは相手にしてくれるようだが。」
「身も蓋もなく言うじゃないか。」
「ふふふ、いや、これは失敬。その様子だと金の工面に困ってるようだな。」
「全く首が回らねえんだ。」
「それは困ったね、貸してやろうか。」
「一時凌ぎはもう懲り懲りだ。」
「だろうねえ、借りる度に恥ずかしい思いをするしねえ。延命したところで生き恥を晒して生きるようなものだしねえ。この際だから死ねば!」
「えっ、いきなりそう来るのかよ!随分冷たいじゃないか!なんやかんや言いながらも、いざとなれば、金を貸すのが親友というものだろうが!」
「その親友とか仲間とかいう者がそもそも頼りにならないものでね。流れての頼め虚しき竹河に世は憂きものと思ひ知りにきという一首がよく言い表しているじゃないか。そういうものだよ、世の中は・・・」
「唯一無二の友と信じていたお主にそう言われては最早、拙者が金の工面をしようとしても連木で腹を切るようなもので徒労に帰し虚しくなるばかりか・・・」
「だからさ、虚しさを絶つ意味でもお主はよい死に時を迎えたのだよ。就いては拙者、近頃、葉隠れなる書物を読んだのだが、お主も読めば、定めし武士道と云うは死ぬことと見つけたりと悟ることだろうよ。今のお主に凱切な成句なんだからな。」
「・・・」
「まあ、金をやらん代わりにこれをやるから読んでみたまえ。」
左之助ともあろう者が、どうしたものか歳三に葉隠れの書を渡すと、じゃあ、失敬と言うのみで無情にも去って行ってしまった。
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