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つい最近までは他所の県の出来事だと他人事だった。しかし先週、系列店からあの男が現れたと連絡が入ったのだ。
それからは毎日のように同業者からの噂や被害状況が流れてきた。俺が働くこのスーパーの経営陣は男の来訪に舞い上がった。反対にパートやアルバイトを含む従業員のテンションはだだ下がり。
「あと五分ですね……」
隣の女性が呟く。彼女はちょっと気が弱いから、バーゲンセール後にくるであろうクレームの対応をさせるのはまずいかもしれない。
ただでさえ人手不足なのに、もし辞められたらさらに忙しくなって過労で倒れるだろう。なんとか俺がカバーできれば良いが。
「問題が起きたらすぐに言ってくれよ。助けに行くから」
頼れる先輩ぶる。
「ふふっ、はい!」
あまり慣れないことするもんじゃないな。恥ずかしさで顔が熱くなる。
先頭の客がジリジリと距離を詰めてくる。これだけならセールをやってない日でも見られるいつもの光景だが、今日はバーゲンセール荒らしが恐ろしい。正確にはあの男そのものじゃなくて、客のクレームが怖いのだが。
店のドアを開ける人が入口へ向かう。
ついに戦いが始まる。
俺は背筋を伸ばして何者にも屈しないぞと、気持ちを奮い立たせた。
ドアが開け放たれ、猛獣のような人間が大挙として店内に押し寄せてきた。
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